第25話 花火が落ちる
「音那〜」
「よ、音那」
「うぃっす〜。公園ですまん本当」
「いいよ。マジもんの花火大会とか人多過ぎて無理だもん」
「薫に同じく」
八月初旬、花崎と成宮と俺の三人で行われるこじんまりとした花火大会が幕を開けようとしていた。
花火大会とは言ったものの規模はデカくない。ただコンビニ等で買った持つタイプの花火を楽しみつつ、駄弁ったり飯を食ったりするだけの時間。ただそれがいいんだよと花崎がまるで分かってないなぁという風に言ったので、俺と成宮は特に何も考えずYESを出した。
「てことでじゃんっ」
「「死ぬほど買ってんなお前」」
「だって〜。楽しみだったもん」
花崎にとってはどちらの意味でも楽しみなんだろう。純粋に花火を楽しみたい気持ちと、俺からの返事をようやく聞ける楽しみ。まぁ俺は当日になってもまだ答えを出しきれていないが。本当自分の優柔不断さに反吐が出る。
早速豪快に包みを開けて花火に火をつける花崎。少し間を置いてから一気に弾けて虹色に輝く花火に三人してテンションが上がる。
「うおーっ! 綺麗〜!」
「オレもやるか。音那、火ぃ付けて」
「あいあいさ〜。チャッカマンどこ置いた花崎」
「えーとねー、そこらへん〜」
「おい火つけるのをそこら辺にほっぽるな」
暗闇に紛れたチャッカマンを拾って、成宮に近づく。持っている花火に火をつけるときに、成宮が話かけてきた。割と神妙な面持ちで。
「なぁ音那」
「ん?」
「お前薫のことどう思ってる?」
「ん〜……恋愛対象としてよな」
「うん」
成宮は多分花崎から散々俺との恋愛話を聞かされている筈だ。でも俺からそう言う話を振ったことは全く無い。理由は単純に、こういう話は自分で考えないとダメだと思っていたから。だから母さんにもアオにも誰にも、結論を決定させるための質問等はしていない。
「……んん〜」
「何にそんなに引っ掛かってるのかは知らないけどさ。あんなにアタックしてきてくれる子相手にそこまで答えが出せないなら……」
「……」
「もう他にいるんだろ? お前が本当に、恋人にしたい人」
成宮の察しの良さにはため息が出る。ずっと隠していた、俺も気づかないフリをしていた事をいとも簡単に暴いてきて本当に嫌になる。チャッカマンで火をつけて、花火が弾ける。二人してそのバチバチと勢いよく燃え盛る花火を見つめてながら沈黙する。
「お前が恋愛した事ないの知ってるしなぁオレも。お前がそういうの察せないのは分かってたけど……こんなにウジウジしてると思ってなかったわ」
「うっせうっせ。余計なお世話じゃ」
煽るような笑みを浮かべて俺を見る成宮を、居心地が悪いという意思を浮かべたジト目で睨み返す。しかし成宮には効果無し、オレの顔を少し見てからため息を吐いて花火に視線を移した。
「薫の為にも、潔くフるのが筋だと思うぞ。それが勇気を出してくれた女の子に対する誠意だ」
「分かってるよ。傷つけたくないってだけで……それは分かってる」
「分かってんのかねぇ本当に」
「どゆ意味や」
「傷つけたく無いからいいフり方を考えてるだろお前。それ逆効果だし、変に頭使って何も進まない。現に今のお前、進んでるか?」
痛いところを突かれたと俺は顔を伏せてしまう。確かに俺は進むフリをしてるだけで実際は足踏みをしているだけに過ぎない。奥底にいる恋心は誰に対してのものなのか、理解している筈なのになぜ進めないのか。日和ってるからか、花崎に対しての申し訳なさか。
成宮の持つ花火が勢いを落として静かに消える。ふぅと成宮は息を吐いて水バケツにポイっとそれを捨てる。そして花崎の方を見ながら、俺に言う。
「中途半端な優しさは要らないんだよ音那。薫はどうなってもスッキリしたい筈だ。溜飲を残したく無いだろ? 夢破れた恋なんかに」
振り返って俺を見る成宮は、優しげでどこか憂いを帯びた表情をしていた。笑顔だけど困り眉で、俺の言葉の真意くらい察せよとでも言いたげな雰囲気。
「……溜飲を残したく無い……か」
「そっ。オレは今の恋に溜飲とか無いけどな」
「……秋峯先輩と好き好んで犬プレイする成宮の恋に溜飲とかあったら逆に怖いわ」
「うっせえよ! ほんっと一言余計だなお前!」
「あんがと奏斗」
突然の名前呼びに一瞬戸惑いを見せる成宮。そんな成宮を気にせずに俺は言葉を続ける。
「今し方、結論出たから。奏斗のおかげで引っ掛かりも気持ち悪い部分も無くなったわ」
「……遅いな。当日だぞ」
「ごめんて。今度奢るわ」
「ラーメンな。チャーシュー丼もつけろよ?」
「あいよ」
「んじゃ俺はコンビニで水でも買ってくるわ。薫〜! オレちょっとコンビニ行くわー!」
次に楽しむ花火を絶賛一人で吟味中の花崎にそう言って成宮はコンビニに向かって行った。その背中は俺に頑張れと、花崎にはお疲れ様と言っているように見えた。
ありがとう。そう心の中で感謝してから花崎の方に向き直る。花崎はニッと笑みを浮かべてから俺の手を引いてベンチの方に歩いて行った。二人で隣同士で座って、花崎が手に取ったのは線香花火。
「線香花火長く続くかゲームしよ〜! 負けた方はそだなぁ……言うこと聞くとかどう?」
「ん、分かった。ええよ」
「マジ!? 絶対勝つ!」
「付けるで火」
ボッとチャッカマンで花崎の線香花火に火をつけてから、自分の線香花火にも火をつける。パチパチと弱い火花を弾けさせながら、淡い光を発する線香花火に花崎は目をキラキラさせている。そんな花崎を流し目で見ながら、俺は今日の本題へ移る。
「花崎。三ヶ月くらい待たせたけどさ、あの告白の答え出せそう」
「マジ? いや〜楽しみだなぁ……! 何せこんなかわい子ちゃんが告白してるんだもんなぁ」
「……花崎」
「……待って、ごめん音那……ちょっと……待って……」
震える声色と身体を横目で捉えてすぐに顔をそっちにやる。花崎は泣きながら線香花火を見ていた。待ってと言って呼吸を整えようとしているものの、落ち着く様子は無い。
「花崎……?」
「ほんとはさ? 私気づいてた……音那はもう……好きな人いるんじゃ無いかなぁって……」
「マジ……で?」
「気づかないふりしてっ……頑張って意識させようとしてたけど……もう無理だなって思っちゃって……デパートの時あんな息巻いてたけど、強がりだったんだよ? 鈍感で気づいてないだろうけどさ……」
花崎の涙と一緒に、花崎が持っていた線香花火がポトリと落ちる。地面についた火種は次第に光を失って、闇夜に消えた。同時に花崎の強がっていた気持ちも落ちて行った気がした。
「DMの子でしょ……っ好きな子」
「っ……」
「ほら図星じゃん……分かりやすすぎるってほんと。私のこと見てくれる時はちゃんと向き合ってくれてたけど……DMを見てる時ほどの熱は無かった……」
「そんなことは……あるかもな」
「でしょ? 私名探偵だからさ〜……分かっちゃうんだよ? 女の子ってそう言う生き物だから……」
沈黙が流れる。俺の持つ線香花火は未だ火花を散らしている。花崎がそれを一瞥してから、俺の方を向く。俺も花崎の顔を見る。
「音那……。ごめんね……三ヶ月も足止めして……」
「花崎」
「ごめん……ごめん……」
「謝んな……俺も何も分からんくて……花崎に辛い思いめっちゃさせてごめん」
「ずっる何それ……何その配慮要らなっ……もっと好きになって……」
涙でボロボロになった花崎の顔に、更に涙が溢れ出す。その姿が花崎に対する、俺を好きになってくれた一人の女の子に対する、精一杯の謝罪と俺の出した結論だった。
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