第24話 遂に繋がる電子音
混沌とした感情蠢く海から1週間が経った。花崎とも成宮とも連絡すら取っていないものの、次の花火の計画はもう既に立っている。花火大会は人が多過ぎるので、こじんまりとした花火をしようという話を海の帰り際にした。いつ開催するかは不透明ではあるが。そこが決戦、そこが俺のこの感情の終着点だ。
(結論、出さなあかんけど……)
どれだけ考えても結論が出ない。おそらく無意識下ではもう結論が出ているのだろう。現実で出会えてクラスメイトで女の子の花崎と、ネット上のDMでやり取りをするだけの恋人ごっこをしている男の子のアオ。
『よっ音那〜。美少女が机に座ってやってるぞ〜感謝しな童貞クン? ふへへっ』
【アオ : 僕はオリオンさんと喋ってるの好きですよ? というか仮でも恋人と連絡取り合ってる時が好きじゃない人います?】
頭の中で想像してみるが、普通の人間なら確実に声も姿も目と耳で認識できる前者を選ぶ。普通ならそうということは分かっているのに、何をそんなに足踏みする事があるのだろう。
「足踏みしてる時点で……なんかな」
無意識下と言ったものの、自分でも恐らくもう気づいている。自分の奥底に沈んでいる赤い感情。初めて生まれた、光り輝く一等星のような恋心。まだ磨かれていないが、日に日に光が増しているのが分かるその感情に振り回されて続けている。
「……」
【アオ : オリオンさんは夏休みっぽい事しないんですか? 海に行くとか】
【オリオン : アオは行ったんやもんな友達と。俺も一応行ったで】
【アオ : 行ったんなら話くらいしましょうよ! 僕の話聞いてばっかじゃないですか!?】
【オリオン : 別にほんまに何もなかったもん。特筆すべきイベント無し】
【アオ : ええ〜つまんないです〜……】
特筆すべきイベントは割とあったが、アオが嫉妬で狂う内容しか無いので今回は話さない。特に白髪の男の子の話なんて、ほぼ同年代の子だろうし嫉妬と怨嗟で狂ってしまいそうだ。それは避けねばならない。
先ほどまで花崎のことを考えていた脳みその熱さが引いていくのを感じる。クーラーの冷えた風の感覚がようやく戻ってきたて心が安らぐ。花崎と話している時はあんなにも辛いのに、どうしてアオとのやり取りはこんなにも落ち着くのだろう。
【アオ : あ、話急に変えてもいいですか】
【オリオン : どしたい】
【アオ : この前通話したいって言ったじゃないですか。あれ今しませんか?】
【オリオン : え】
「え"」
前言撤回、心が安らぐなんてことはない。むしろアオとの会話は、爆弾が急に投下されることに怯えなければならない事を今ようやく思い出した。寝転がっていたのにしっかり起き上がって、冷や汗が背中を滑る感覚がクーラーの風によってより鮮明に伝わる。
【アオ : ダメ……ですか?】
【オリオン : あのむしろそちらがダメじゃないんかって俺は思ってるんですけどおにいさん】
【アオ : こっちから提案してるのにダメもクソも無いです】
【オリオン : そりゃそうだわ……】
目頭を抑えつつ思考を纏めようとするものの、そうするまでも無く答えはもう出ている。ふぅと息を吐いてから文字を打つ。
【オリオン : ほなやろか】
【アオ : っ! はい! 僕からかけます!】
「ふううううう………っよし大丈夫。アオがどんな声でも受け入れる。仮でも俺はアオの恋人……よし来い!」
呪文のように自分に暗示をかけてカッとスマホを見る。数秒後にコール音が部屋に響いた。恐る恐る応答のボタンを押して、耳にスマホを当てる。
「も、もしもし……?」
震えて情けない声でそう言って早くもしもしと帰ってこいと思いながら目を瞑る。しかし一向に返事は来ず、むしろ右耳の向こう側がかなりシーンとしている。
「……んぇ? も、もしもしアオ?」
《っ……ピャ……モシモシ……オリオンサンデスカ……?》
右耳から聞こえてきたのは、今にも消え入りそうなほどか細いカタコトに近いレベルの言葉。その声で一気に肩の力が抜けて思わず吹き出してしまった。
「っ……ぶふっ……! アオおま……全部半角カタカナだぞっ……ふはは……!」
《わ、笑う事ないじゃないですか! こっちは死ぬほど緊張してるんですよ!?》
「ごめんて……っ! そーよな! 緊張するよなそりゃ! ごめんごめん!」
《そっちは緊張してないんですか!? 緊張しろよ!》
「いや緊張はしてたけどさ! お前が予想を遥かに超えるガチガチ具合で肩の力抜けたわ!」
《……ずるいです》
声変わりの吉兆も無さそうなくらい澄んだ声。男らしさは、アオには悪いけれど微塵も感じられないほどの可愛らしさを孕んだその声色で荒い口調を使われても何も感じない。どころか可愛いと言う感情しか湧かないなと、思わず口角が上がる。
「えーと、改めてオリオンです」
《あ、アオです。僕の声ブサくないですか?》
「どの口が言っとるか貴様。可愛すぎて死ぬわ」
《へ!? あ、あっー……ふーん……そーですか? ぶへっ……うへへへへ》
「笑い方ヤバすぎる」
男の子と思えないくらいの声から繰り出されるブサボゲラ笑いに思わずツッコミが入る。声だけ聞いても分かるくらいには感情の移り変わりが激しくて、いつものアオだなと思いまた表情が緩くなる。
「というかなんで電話したいと思ったん?」
《DMに通話の機能があるのに最近気付いたので。オリオンさんさえ良ければやりたいと思っただけですよ?》
「おっそ気づくの」
《え? 知ってたんですか?》
「うん」
《教えてくださいよ!! もっと早くこの提案したのに!!》
いや気づいてないと思わないだろと苦笑が滲む。だってDMのメッセージ画面の左上に電話のマークがあるのに気づかない方がおかしくないか? 俺は訝しんだ。
まぁ確かに気づいてなかったのなら、仮恋人になった時からちょっと経ったあたりに俺からその提案をすれば良かったな。アオの声を聞いてみたかったのは俺だってそうなのだから。
《もぉ……オリオンさんは本当に》
「ごめんて。許してちゅ」
《めっちゃキメ声で愛してるって言え》
「おいふざけんな無茶過ぎやろ」
《拗ねてDMしなくなりますよ》
「お前が耐えられなくなるに100万賭けれるけどそれどーする?」
《よく分かってるじゃないですか》
今まで文字でしかできなかったくだらないやり取りが、声というフィルターを通すだけでここまで尊いものになるとは思わなかった。ニヤけ顔を誰も部屋にいないのに見られたくなくて口で押さえる。
「アオ〜?」
《なんですか?》
「お前可愛いな。普通に」
《……ぐっ……ごぉぉ……急に殴りかかるのやめてください……死んじゃう……!》
「え、どゆこと」
《天然……だと……!?》
アオが何でダメージを受けているのかはさっぱり分からなかったが、取り敢えず可愛いことだけは分かる。語彙力が崩壊するくらいには、アオに頭を溶かされてしまった昼下がりだった。
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