第3話 誤爆に胸が痛くなる

 今日は作業無しで帰ろうと家へと歩を進めている途中にDMが来た。スマホの通知を見るとやはりアオだった。しかし送られてきた文章を読んで俺は首を傾げる。


【アオ : だから僕は誰かと付き合いたいわけじゃないって。好きな人もいない】


(誤爆だ)


 恐らく友達とのメッセージ、もしくは他のネットの人とのDMで送ろうとした文だろう。しかしアオは全く気づいていないのか一向に送信削除される気配が無い。しかし俺はその文を三回ほど反芻して少し思ったことがある。敬語が外れていることだ。


 基本俺とのDMでのアオは敬語。少しおちゃらけたりふざけたりする時だけ敬語が取れたりすることがある程度で、基本敬語だ。

 普段の礼儀正しくて可愛いらしい文章の雰囲気は無く、ここまでしっかり外れているのは見たことがない。やはり現実の友達同士ならばこれだけ砕けて話せるんだなと少しだけ寂しい気持ちになる。


「はぁ……当たり前っちゃ当たり前なんだけどな」


 所詮ネットでの繋がり。思えば俺は、アオのことを何も知っていない。数ヶ月の付き合いになるのにいまだに知ろうとしていない。ネットのDMで毎日話すという、あまりにも細い関係の糸。切れないように切れないようにと慎重になるのはいいが、結局足踏みしかしていない気がする。

 こんなにも砕けている文章すら送られていない俺は、アオにとってのなんなんだろうか。気づけば着いていた家の扉の前で座り込む。


【アオ : なに? はやく何か言いなよ】


 それはそうとして、いつになったら間違いに気づくのだろうかこの子は。センチメンタルになっていた感情がどこかに行くくらいには、大丈夫かこいつという心配の感情が勝ってしまう。

 しかし俺はあえて静観することに決めた。このまま放置していれば俺の知らないアオが見れるかもしれないと思ったら、しっかりと魔が刺さった。


【アオ : ねぇ? なんか言ってよ。見てるの分かってるからね】


「こんな感じなのかアオって。敬語も可愛いけどタメ口も生意気感増していいな」


 たかが文字に何を言っているんだと思うかもしれない。俺もたまに我に帰って文字だろこれと思う時もあるのだが、アオが送る文字には不思議と感情が乗っているように感じて、思わずその感情に釣られてしまうのだ。

 それがとても可愛いと思ってしまう。怒っていたり、面白そうにしていたりする時でも愛くるしいと思えるような文字。なんという名前の魔法なのだろうか。


【アオ : あの……なに? 既読無視? じゃあもういい?】


(んで一回DMを閉じるよな。それで俺のメッセージ欄開くよな絶対。それであれ? ってなり始めて……)


 膝で肘を支えながら頬杖を突きつつ、アオのここからの行動を予想しながら画面を眺める。すると案の定先ほどまでの強気なタメ口誤爆メッセージが消え始めた。悦な笑みを浮かべつつそれを見ていると、アオから弁明のメッセージが。


【アオ : あの……見てますよね全部……】


【オリオン : 全部見た】


【アオ : 違うんです。オリオンさんって気づかなくて……その……】


【オリオン : 大丈夫大丈夫。タメ口も可愛かったから】


【アオ : はぎゃぁぁぁ!!! やだぁぁぁぁ!!!】


 吹き出しそうになって思わず口を手で抑える。どれだけ自分の素の言葉遣いを俺に見てほしくなかったんだ。現実でも部屋の壁が貫通するくらい絶叫しているんだろうなと分かるくらいの文字絶叫。フォロー気味の可愛いというイジリを入れたせいか、余計に顔を真っ赤にしているのが想像できる。

 そこから悶絶しているのであろう時間おおよほ数分後、DMが再び動いた。


【アオ : ぼ、僕の普段の言葉遣いは……まぁあれが普通……というか、僕に迫ってくる人に対してはアレです……はい】


【オリオン : あ〜だからちょっとガラ悪めというか冷ためだったんやな】


【アオ : う"〜……一番バレたくない人にバレた……】


【オリオン : 可愛いから良くない? 俺にもやってやあれ】


【アオ : 無理です! オリオンさんにあの対応とか絶対出来ないです!】


 出来ない理由があるのだろうかと首を傾げる。まぁ迫ってくる人に対してってことだから、所謂出会い厨やらそういう系に対して発動するモードなのだろう。俺は別にアオにそういう感じで迫ってないからそのモードに入れない……ということだろうか。

 分別がはっきりしてい偉いなと思う反面、俺には敬語が一生外れないのかと思って少し寂しくなった。DMにはアオの焦っているのが丸分かりの弁明がツラツラ流れている。焦っているのに全部敬語だった。

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