第2話 21時半性癖戦線

【アオ : オリオンさんって性癖なんですか?】


【オリオン : ごめん21時半の風呂上がり一発目に聞く事がそれなん?】


【アオ : 気になったので】


 アオがお風呂に入るといって止まっていたDMが再び動き始めた。それもアオによるとんでもない導入で。

 自分自身、割となんでもいける身なものでコレといった性癖は無い。しかも日によって使いたいジャンルもタイプも変わるので、本当に難しい話題である。


【オリオン : 無いかもしれんのよこれ】


【アオ : え? 全国の思春期男子高校生は性癖あるものじゃないんですか?】


【オリオン : どこ情報か知らんけどすぐ捨てて? そのマニュアルカス過ぎん?】


 誰から仕込まれたんだと眉間に皺が寄るが、一旦冷静になる。アオは純粋に疑問程度にこの質問を投げてきただけ。そう思うことにしないと俺の中のアオという存在の想定人物像を大幅に建て替えなければならなくなってしまう。理由は分からないが背中に伝う冷や汗が少し多くなった。


 取り敢えず性癖を考えなければ。直近一週間で取り扱ったのは、ギャルや人妻、ショタと男の娘くらいか。嗜む趣向の多種多様さと、自分の性の貪欲さに苦笑が溢れる。ただギャルと人妻はそこまで心に深く刺さったわけでは無いので一旦除外。そうすると候補は自ずと二つに絞られる。


【オリオン : 今議論に議論を重ねた結果残ったのが"男の娘"と"ショタ"でした】


【アオ : すんごい二個が残りましたね】


【オリオン : アオのせいです】


【アオ : 性別と年齢知らないくせになすり付けないでもらえますか??】


【オリオン : ちゃんと責任とってな?】


 その言葉を送ると一瞬で『は?』と言っている猫の画像が添付されてきた。まぁそりゃそうかと思いながら苦笑いを浮かべる。

 しかしそこから十秒しないくらいの間にメッセージがさらに投下されて、その文章に俺は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。


【アオ : 責任は取ってもいいですけど、その場合僕のことちゃんとお嫁さんにしてくれますか?】


「はぁ!?」


 思わずDMの画面を閉じてからスマホをクッションの方へぶん投げて、いい姿勢で起立。そこから部屋をグルグル歩き回り思考を整理する。

 俺の性癖が少し捻じ曲がった責任をアオが取る代わりに、俺がアオを嫁にする。今一度反芻しても意味が分からない。そもそもアオは本当にショタで男の娘なのかという疑問から先に出てくる。会話の流れ的にはそれで合っているはずだが、アオが悪ノリしている可能性も捨てきれない。

 クッションに沈むスマホを取って、DMの画面を再び開く。アオはその後もメッセージを送ってきている。


【アオ : だって僕のせいで性癖が歪んだんですよね? なら僕は責任をとってオリオンさんの性をしっかり処理します。その代わりに僕のことをお嫁さんにしてください】


 明らかにアオのブレーキが壊れている。アクセル全開になった暴走車両を止めようと、手汗が滲む指先でメッセージを打つ。


【オリオン : 待て待て待て! 明らかに話が飛躍してる! まず性を処理するってなんだお前!】


【アオ : なんだって……処理は処理ですよ。したことないんですか?】


【オリオン : あるわそれは! 多感な高校二年生舐めんなよ!】


 純粋だと思っていたアオの像がボロボロと崩れていく。まさかそんな下の部分に直に触れてくる発言をするなんて思ってもいなかった。


「アオに処理……されるシチュか」


 思わずその情景を思い浮かべてしまいベッドにダイブして悶える。

 俺の想像しているアオが現実のアオと似ているか似ていないかはともかくとして、明らかにアカン絵面になるのは確かだ。それにアオがもしショタで男の娘だった場合、そのアカン絵面はもはや事案でしか無くなる。想像して勝手に首を振り、絶対にダメだと改めてスマホを見る。


【オリオン : というかお前はそういうことしたことあんの】


【アオ : あるわけないでしょ? 僕純粋ですもん】


【オリオン : 嘘こけよ!? 純粋な奴が処理しましょうかとかいうわけないやろがい!】


【アオ : てへ】


【オリオン : 誤魔化すなぁぁ!】


 性別不詳、年齢も知らず顔も知らないネットの友人にこんなにも振り回されている。勝手に想像して勝手に悶絶して、勝手に意識して。ベッドのシーツがどんどん体温で熱くなるのに、背中はもう汗で冷えてきている。


【アオ : じゃあ僕のことお嫁に貰ってくれるということでいいですか?】


【オリオン : いや話の飛躍の仕方がすごいな。もう結婚目当てやん】


【アオ : え? 貰ってくれないんですか?】


「いやっ……ぐぉぉぉ……!お"お"お"お"!!」


 枕に頭をボスボスと打ち付けて、再び悶絶する。下の階にいる家族たちに聞こえるくらいの声が出ている気がするがそんなものはどうでもいい。この画面越しに俺をたぶらかす小悪魔の対処を教えてくれるならむしろ父さんか母さんは上がってきてほしい。そう思うくらいに、今夜のアオの攻撃は重かった。

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