第4話 僕はオリオンを眺めていたい

 僕こと朝霧蒼あさぎりあおいがこの人に出会ったのはほんの数ヶ月前。最初は積極的に自分の書いた作品の宣伝をしていて、それについたコメントに一喜一憂している面白い人という印象だった。

 僕も少し気になってその作品を見に行ってからだろうか。僕はこの人が大好きになった気がした。作品に込められた感情と想いが直に心の鐘を鳴らしたような感覚がして、身体が痺れた。

 すぐにDMしてから一気に仲良くなって、今に至る。僕のことを深く詮索としてこない、他の人みたいに僕をそういう対象として見ている様子すらない。本当に居心地がいい人。


「オリオンさん……あ〜もぉぉ……」


 DMを見返しながらニヤけた顔をベッドに沈ませるという一連の流れが日課みたいになっている。オリオンさんがお風呂に入っている間に過去のやりとりを見返しては頬をだらしなく緩ませる。別に誰かが見ているわけでもないから盛大に緩ませてもいいはずなのに、もしかしたらこの画面からオリオンさんが出てくるかもしれないと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。


「好きなのかな……僕……」


 少し前からずっと感じていたことだ。この文字でコミュニケーションを取るだけの関係であるオリオンさんに、異様にいつもドギマギしてしまう。いつの間にか学校にいる間もずっとオリオンさんのことを考えている。中学生なので学校でスマホが触れないのを恨めしく思うくらいには。

 僕は体も心も男、好きになるのも男。そんな歪な人間。オリオンさんはそんな事情を聞いてこないし知らないから普通の対応をしてくれるけど、この事を知ったらどう思うだろう。もしかするとやんわりと距離を取るかもしれない。もしくは優しい人だから、僕が傷付かないように上辺だけでも理解を示してくれるかもしれない。


「やだな……それは」


 でも僕はそんな上っ面だけの優しさは欲しくない。僕が欲してるのは僕の心も身体も全部愛してくれて、全部包み込んでくれる人。そんな人が現れるわけ無いと思いながら生きてきた。


(でもこの人なら……)


 スマホに映るDMの画面を見る。なんの事も無い、ただの他愛も無い会話の羅列。その節々から感じるオリオンさんの親しみやすさ。たまに敬語を忘れてしまうのもそのせいだ。

 オリオンさんはありのままの僕を受け止めてくれるだろうか。生まれたままの姿の僕を愛してくれるだろうか。


【オリオン : いい風呂やったわ】


 お風呂から上がったのだろう。オリオンさんからメッセージが来た。途端に緩んでいた頬ごとピンっと背が張る。


【アオ : ちゃんとあったまりましたか?】


【オリオン : お母さんなの? もしくは新妻?】


【アオ : なりましょうか? 新妻】


【オリオン : アリかもしれん】


「ぐぅっ……がはっ!」


 オリオンさんがふざけて発するそういう一言も、僕にとっては頭に強烈な拳骨を喰らったかの様に脳みそにダメージが入る言葉だ。

 仰け反りながらベッドにうつ伏せから勢いよく仰向けに倒れ込む。ダメージを負いつつこの人になんとか勝ちたい一心でメッセージを打ち込む。


【アオ : じゃあ結婚していいですか? 嫁か婿として貰ってください】


【オリオン : 前もこの話したよな!?】


【アオ : 諦めて無いですもんそりゃ何回もしますよ】


【オリオン : 意思強すぎへん?】


 このふざけた様な話をする時、こんなにもDMでは平然を装っているけれど現実ではそうもいかない。嫁と婿という単語を打つたびに顔は真っ赤になり、頭はフラフラになる。画面の前のオリオンさんがどう思っているかはさておいて、僕自身はとてつもないスリップダメージを受けているのだ。


「ぅぁぁぁ……! 僕がこんなことになってる責任を取るべきオリオンさんは……!」


 自分でもまぁまぁな暴論を言っているのは百も承知だが、文字としてオリオンさん本人に送りつけていないだけまだマシとも言える。現実で言葉にして吐き出しつつ自己完結してDMで暴走してないから、自分の制御がギリギリできている。いつ暴発するか分からないけれど。


「……オリオンさんのこと、もっと知りたいな……」


 ぽろっと口から感情が籠った本音が溢れ落ちる。

 オリオンさんを知りたい。年齢も声も顔も好きな人も、好きなタイプも全部知りたい。僕はまだオリオンさんを知らな過ぎる。ただDMで話すだけの関係で止まっているけれど、もうそれだけじゃ満足できないかもしれない。


【オリオン : ほんま突飛やなぁアオは】


【アオ : そんな僕でも好きですよね?】


【オリオン : 好きでしょうよそりゃ】


【アオ : いやもう本当暴れそうです】


【オリオン : やめて怖いから】


 あぁもう好きだなぁ、本当困った。

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