期待より鯛がたべたい

よくわからない夢を見た。

昨日いとこの話をしたからか、私といとことお母さんが道を歩いている夢だった。3人で歩いているだけならなんてことも無い夢なのだが、何故か私は抱っこ紐をつけていて、1歳にも満たない子供が収まっていた。普段私は、母親と子供を目にすると父親は仕事なのかな〜なんて考えたりするのだけれど、夢の中の私は、その子の父親のことなんて頭に微塵もなかった。まるで最初から1人で育てているかのようで、不思議で、でもそれが当たり前かのようで。雪の中を3人で歩いた。寒かった。寂しささえ感じた。子供はぽかんと口を開けて私のことを見ていた。その子が後ろに体重をかけたせいで落ちそうになったのを、母が支えてくれたところで目が覚めた。


不思議な感覚だった。その子の顔を今でも覚えている。男の子だった。髪はサラサラで、とても綺麗な顔をしていた。



あっという間に木曜日だ。忙しかった先週が嘘かのように去っていく。のんびりと過ごせていて心地がいい。バイトがないだけで、こんなにも快適なのかと思う。私も、週5で入らなくてもいい生活をしてみたかった。休んでも遊ぶ時間が減るだけの、人生を送ってみたかった。学費についての紙切れを見て、母に何となく話してみたが、払う気は一切無いようだった。最初から期待なんてしていない。



期待なんてするだけ無駄だ。家族も、友達も、恋人も。期待と言ってしまえば耳障りのいい言葉だが、要は自分の理想を押し付けるということである。そんなことしたって、相手を縛ると同時に自分のことも縛るということでしかない。誰だって変わるのは怖い。期待して、理想の中のその人を好きでいれば楽なのに、それが出来そうにないと苦しくなる。


昨日恋人に「諦めるって大事だよ」というニュアンスのこと言ったら、それはちがうという反応をされた。されたが、私はもう既にあなたの事も諦めている。好きでいることと、期待することは違う。諦めてても、期待しなくても、好きという感情を持つことは出来る。けれど、期待が膨らめば膨らむほど好きという感情が濃くなることも私は知っている。だから、過去の好きすぎて苦しい恋愛をしていないのだと思う。


気づけば1ヶ月以上会っていない。以前なら1ヶ月も会えなければご乱心でしかなかったが、今はとても穏やかだ。もちろん会えたら良いとは思うけれど、今週会えるなんて思っていないし、来週も会えるなんて思っていない。このまま別れてしまっても、仕方ないとさえ思える。諦めるということは、人生をつまらなくさせるのかもしれない。けれど、私は傷つかないために、これからもきっと諦めるという選択を取る。


夏頃行った占い師に、「あなたの運命は人間じゃなくて仕事と結ばれている」と言われた。彼女は私の嘘を見抜くことが出来なかったが(そういう楽しみ方をする場所ではない)、仕事面に関しては私の夢を合っていると言ってとても応援してくれた。どうやら来年は勉強の1年で(これはどの占いでも言われる)、忙しくて人間関係はあまり上手くいかないらしい。人間というのはとても都合のいい生き物だ。平気で嘘をつくくせに、自分に都合がいいことを言われれば簡単に信じる。だから、私は私の夢を頑張ることにした。


居なくなったらきっと寂しいけれど、しぬほどじゃないはずだ。夢の方が100倍も大事だ。仕事をして、お金を稼いで、一人暮らしをして、生きていく。裕福じゃなくてもいい。毎日食べたいものを食べて、たまに飲みに行って、あたたかくてすずしくて居心地のいい家で眠る。そういう生活をするためなら、人間関係運なんてどうでもいい。


結局1番レポートが捗るのはカラオケらしい。少し高いから嫌なのだが、レポートの進み具合を見ると仕方ないらしい。どうせ行くなら、確実に進めて、終わらせる覚悟で行く。私の幸せな将来のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る