第6話 放課後カフェと間接キス

「一口いる?」


空気が凍ったような気がした。パフェのひんやりした冷たさが空気に混ざって凍ったみたいに。俺は唖然として結希を見つめる。


「福留、お前何言って...」

「言葉通りだよ?」


俺と向かい合う席にいる結希は目の前にあるパフェをスプーンで1すくいして、俺に向ける。


「ほら、たつー。あと名字呼びやめて。慣れてない」

「あんた何やってんの...!?」

「新しいスプーン用意するって...!」

「昔はよかったじゃん」

「それとこれとは違うんだよ...!」


俺は口を開けて迎え入れようということはせずに、ただ結希を見る。確かに昔は良かったけど、よくよく考えたら間接キスじゃないか。


「たっくん食べないの?」

「食べればいいじゃん...」

「まぁ...別にいいんじゃない?」

「ごめんトイレに...」


心寧と綾香、詩織が俺に食べさせようと促すが、俺は口を開けない。ていうか詩織は今さっきまでびっくりしていただろう。だったら、否定してくれよ。そして、逃げるように俺は立ち上がると、腕を掴まれる。


「んっ!?」


突然掴まれたものだから、変な声が出てしまった。俺は振り返る。結希だ。しかも、ものすごい笑顔。でも、目の奥が笑っていない。


「たつーの癖、なおってないね」

「え...」

「何かピンチになったらトイレに逃げ込もうとする癖」


笑顔でそう言ってくる結希に俺はビクンと体を震わせる。確かに俺には癖があるかもしれない。今までも何か嫌なことがあったら、トイレに逃げ込んで気持ちを整理させていた。そのせいでトイレに行くと気持ちが落ち着くし、俺の中でトイレ=安全スポットとなっていた。


「座って」

「え」


俺は結希に言われて今さっき座っていた席に再び座る。やっぱり、目の奥が笑っていない。『食べろ』って言ってる。


「ほら、あーん」

「あ、あーん...」


俺は口を開けて、パフェが少し乗ったスプーンを迎え入れる。普通に美味しい。でも、とても恥ずかしい。パフェの冷たさとは非対称に俺は顔が熱くなる。自分の鼓動が耳の奥で大きく響いている。俺は間接キス...をしてしまった。


「どう?」

「美味しい...」

「良かったね、たっくん...」

「...」

「まぁ、そうね...」

「空気重っ...」




数分間話し込んだ後、会計をして、カフェから出た。ちなみに2800円だ。財布からお金が消えていく。でも、俺が悪かったんだから、許されるなら何よりだ。


「じゃあ俺こっちだから」

「うん、またね」

「明日の学校でね!」

「パフェ美味しかった。ありがとう」

「一応許してあげるわ」


俺は方向を変えて、家に向かう。日が沈み始めている。思い返せば、今日は散々だった。学校に男子が俺だけだし、幼馴染との再会があって、ソフトボールで爪痕を残してしまったり、着替えを見てしまったり、間接キスをしてしまったり...散々だった。でも、楽しかった。久しぶりに、楽しいと思える感情がよみがえってきた。俺は足を止める。


「俺、また楽しい生活が送れるのかな...」


新しく始まったばかりの高校生活。苦しいことがあるかもしれない。でも俺ならできるはず。俺は空を見上げた後、家に向かって再び歩き始めた。

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