第3話 恋人
潮田さんが来なくなって二週間が経とうとしていた。僕も颯太もいつのまにか潮田さんの話題を出さなくなっていた。僕も部活やら勉強やらで考えることが多かったし、いつしか潮田さんがいない教室が気にならなくなっていった。
ある日学校に来ると、下駄箱に何か入っていた。取り出してみると、それは雪のように真っ白な封筒だった。頭のてっぺんからつま先にかけて、一気に血の気が引いた。直感で潮田さんの物だと思った。肩にものすごい重石が乗っているような緊張感に襲われる。震える手で封筒から手紙を取り出し、内容を確認した。
そこにはこう書いてあった。
『突然のお手紙すみません。前から黒川先輩のことが好きでした。今日時間があったら放課後に体育館裏に来てもらえませんか 花野』
ふっと全ての不快感が消えていくのを感じた。潮田さんからの手紙じゃなかった上にラブレターだなんてラッキーすぎる。
花野さんは僕の部活の後輩で、どの学年の男子からも人気のある明るくて可愛い子だ。そんな子がどうして僕なんかを好きになったんだろう。でも僕は嬉しくて嬉しくて、放課後が心底待ち遠しかった。さっきの重石なんて嘘だったかのように体が軽い。今ならどこへでも飛んで行けそうだった。
颯太曰く、この日の僕はずっとニヤニヤしていて少し気持ち悪かったらしい。
やっと放課後になった。颯太には先に帰ってもらい、足取り軽く体育館裏まで向かう。到着すると、そこにはもう花野さんがいた。先輩の僕を待たせないようにと早く来てくれたのか。僕は急いで声をかけた。
「花野さん」
「黒川先輩!わざわざ来てくれてありがとうございます」
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、私も今来たところです」
「告白のことなんだけどさ」
花野さんの目に緊張の色が混じった。さっきから僕の心臓は狂ったように飛び跳ねている。耳は焼けるように暑くて、足元しか見られない。
「僕も花野さんのことが好きなんだ。だから、僕と付き合ってください」
すると花野さんは残念そうに「あーあ」と言った。慌てて顔を上げると、花野さんは白い肌を真っ赤にして、恥ずかしそうな笑顔を浮かべている。
「先に言われちゃった。付き合ってくださいって」
恋人と帰るって何て幸せなんだろう。気を抜いたらスキップしそうになってしまう。僕らは他愛のない話で盛り上がった。
花野さんの下の名前が鈴音ということ。
近所の猫が最近懐いてくれること。
勉強が難しいこと。
部活が楽しいということ。
話し足りないくらいだった。鈴音はどんな話でも面白そうに聞いてくれた。家に帰るまでの短い時間だけど、この日のことはきっと忘れないだろう。
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