第3話 そういや、今日って七夕か
ちょうど書き終えたんだろう。でも竹の方を見ては栗色の目をふせ、うつむいてる。しょんぼりした動きに合わせて、金色の三つ編みが蛍光灯の光をはねかえしていた。手には短冊。一枚、いや、厚さ的に二枚だな。にしても、なにやってんだ?
「蛍?」
おれの声に蛍の肩がはねた。
「く、草葉……くん……?」
と言ったきり、何も言いそうにない。近づくおれに蛍の目が泳ぐ。けど、逃げる気配はない。というか蛍はだれに対してもこんな感じだ。
「さっきぶりだな。それ、短冊だよな」
「あ、うん……。つぐみと、ずっと仲良くいられますようにって……」
つぐみ……って、誰だ? 少なくとも東京校の猟犬候補生じゃないよな。けど、猟犬候補生が行ける場所なんて限られてる。それに蛍の言い方。もしかして。
「非感染者生徒か?」
蛍の肩がふるえる。
「あ……、その……と、友達、なんだけど……。…………駄目、かな……」
「いや、別にいいと思うぞ」
あの蛍がここまでしゃべるんだ。少なくとも、悪いやつじゃないんだろう。
「仲良くすんのに感染者も非感染者もあるかっての……って」
なんで短冊を胸元で握りしめてんだ? ぐしゃぐしゃになるだろ。それに頬は真っ赤で、小さいくちびるは小刻みに震えてるし。まさか気分悪い、とかじゃないよな。
「大丈夫か? 顔赤いけど」
風邪でも——って、そりゃないか。蛍だって感染者。赤いリストバンドがその証拠だ。なら風邪どころか、コロナウイルスだって悪さをする前にオダブツだ。
「へぁ……、だ、大丈夫、です……」
実際、蛍だってそう言ってるし。それに光の加減って可能性もある。
まあ、それはそれとして。
蛍の短冊を指さす。
「つるさなくていいのか? それ」
「あ、えっと……その……」
蛍が竹の方、正確には竹の前の人ごみに目をむけた。
「あ、後でもいい、かなって……」
テレビの音にまぎれて話し声。すぐそこの、竹の前の人ごみからだ。
「人多いねー」
「わ、もうこんなに」
「すいません、通してください……」
「ねぇ、何書いたの?」
「殺生病の治療薬が早く開発されますように、って」
「アハ、切実。黒十字の研究者さんたちも、頑張ってはくれてるんだろうけど」
「なー、夏休みどうするよ」
「アホか、俺たち猟犬候補生は許可なく遠出なんてできないだろ。歩く感染源なんだから」
「そうそう、それにまずテストだろ。明後日からだぞ」
笹の前で、関係ない話で盛り上がってる人だかり。
短冊片手に困ってる蛍。
そしてよく見れば、蛍と同じようにウロウロしている人が何人か。
うん、なるほど。それなら。
「すいませーん」
声を張り上げたおれに、けっこう多めの視線が集まるのが分かる。ひ、と蛍が肩をひくつかせた。目立つ色の三つ編みを手で隠そうとして、でも金色を隠しきれてない。けどまあ、おれが前に立てば姿ごと隠れるだろう。
「短冊をつるしたい人がいるんで、ちょっと離れてもらえますかー」
名前は出さない。蛍は目立つの苦手だし、そもそも困ってんのは蛍一人じゃないしな。
笹の前を占領してた人たちが、そそくさと退散していく。ずいぶんと気まずそうなこった。だべりたい気持ちは分からんでもないけど。
「っし。蛍、今なら」
振り返って、そこで言葉が止まる。
蛍が固まっていた。栗色の目がぼんやりとこっちを見上げて、口は半開き。
焦点の合ってなさそうな目。中途半端に開いたくちびる。
目の下にクマが目立ってるわけでも、やつれた顔ってわけでもない。けど。
「お、おい……、ほたr」
「あ、あのっ」
どうやらボーっとしていただけだったらしい。我に返ったみたいに蛍が声を上げた。
「ありが、とう……」
小さめのくちびるから、ちゃんと意味のある言葉がもれる。
大丈夫だ。蛍は大丈夫。彼方たちとは違う。廃人には、なってない。
「気にすんなって。じゃ、おれは戻るから」
……声、震えてなかったよな。
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