第4話 明るくすれば
明かりをつけてから出ればよかった。
いつもと違って、寮の部屋は薄暗い。殺生病感染者の目なら、真っ暗でも問題なく見える。五感が無駄によくなるから。だからべつに明かりなんてつけなくても暮らせる。
けど。
〝知ってるか? 部屋が明るいだけで、気分も明るくなるんだぜ〟
彼方の声が聞こえた気がした。
初日に言われた言葉だ。初めて人を殺したあと、しばらく自力じゃ立てなかった。そんなおれを、彼方は片手でかついでここまで運んでくれた。そして部屋を明るくして、そんな雑学を教えてくれた。
あの時は、そんなの精神論だの綺麗事だのと泣き言しか叫べなかったな。
けど。今ならその意味がなんとなく分かる気がする。
棒みたいな足をどうにか動かして彼方の机による。
意外と整理されていて、これじゃおれだけがだらしないみたいだ。それでもラクガキは消えてないのが彼方らしい。
机にくっついた本棚には教科書とノートと資料集。それと、最近になってよく読むようになってた本。ふせんが大量に貼られてる。ブックカバーのせいでタイトルは分からずじまいだったけど、結局なんの本なんだ? 聞いてもいつもはぐらかすだけだったし。
かさついた手触りだ。でもブックカバーの外し方なんて知らないし……とりあえずパラパラと、なんて目次を開いて。
息が止まった。
神様。天国。地獄。天使。悪魔。罪。転生。来世。輪廻転生。救済。浄化。
パッと見ただけで分かる。分かんなきゃおかしい。これは、この本は。
宗教関係の本だ。
本が手がすべり落ちたのが分かった。重い音と軽い音が耳に刺さる。
宗教関係の本。だからブックカバーだったんだ。タイトルが分からないように。
だから、タイトルは秘密だったんだ。それだけで分かってしまうから。神様に救いを求めてるって。神様にすがるくらい、心が弱っているんだって。
なんで。
なんで、気づかなかった。
だんだん濃くなっていくクマ。
どんどんやつれていく顔。
殺生病感染者は、殺人しなきゃ生きられない以外は健康体だ。だから疲れることはあっても、やつれることなんてないはずなのに。
「彼方……おれは……」
彼方が使っていた机には、ちょっとしたラクガキ。イスは色あせて、中途半端に机から離れている。ちょうど人ひとり分くらいだ。きのうまで彼方がすわっていたイス。なんとなく手をのばして——
〝狂ってしまえばいい〟
————彼方の声だ。ずっと前、確かに言われた言葉。
息が浅くなっていくのが分かる。もうシャワーは浴びたのに、今になって背中がじんわりと汗っぽくなってくる。手のひらに生あたたかい感触。なにかをさわってるわけじゃない。なのにやわらかい膜に指がめりこんで、膜の内側からビクンビクンとはねる感触。
人間の首を絞める感触だ。
〝狂ってしまえばいい〟
また彼方が言った。頭の中で。チョーカーの飾りがゆれる。黒い十字架。天使みたいな白の羽をつけた、真っ黒な十字架が。あの日のロッカールームで。ロッカーの前に立つおれの横で、違う、目の前で。いや、なにも言えずにロッカーの中にいる。首にだれかの手、だれの、おれの両手だ。雑巾みたいに、じゃなくてもっと不安定な動きで首がねじれる。人殺しなんて毎日で、だからいつも一瞬なのに、きょうは、じゃなくて、あの日は全然できなくて、だからムダに苦しめることしかできなくて————
頭の中で彼方の顔が崩れる。そして別の男子の顔になっていく。彼方とは正反対の、いかにも気真面目そうな顔。
〝ごめん……、先に、いかせて〟
ひどい泣き笑いで止まった顔。
あの日、おれは初めて仲間を殺した。
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殺シ生キル病 姫園東花 @Toka-Kisono
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