第2話 夢ならば

 玉緒彼方。生き残ってる仲間のなかで一番の古参で、おれのルームメイト。そして————そして今日、廃人になった候補生。


薄暗い地下室。立ち並ぶロッカーの一つ、おれ専用のロッカーに彼方はいた。正確には「閉じこめられている」で、もっというなら「拘束されている」。


「彼方」

 返事を期待してるわけじゃない。もう手遅れだってことくらい分かってる。事実なにも言ってこないし、どこを見てんのかすら分からない。

 けど、呼ばずにはいられない。


 となりで駆が囚人を殺す音。ロッカーを閉めてこっちを見てくる。

「守人……」

 おれを呼んだきり何も言ってこない。当然だ。逆の立場なら、おれだって言葉が出てこない自信がある。


 分かってるよ。

 ピシ、とひびわれる音。見なくても分かる。彼方の体が壊れる音だ。

 今回は頬だった。ひびはクモの巣みたいに、どんどん広がってく。つまり、そろそろ二十四時間。彼方が、前に人を殺してから。


「……っ」

 胸もとが熱い。だめだ、これ以上はおれも。

分かってる。

おれが、やんないと。


 彼方の喉から、声だって思いこむにはムリがある音がもれる。周りから次々に仲間が囚人を殺す気配。必要最低限。死んだ人のにおいが、どんどん濃くなってく。

 手が震える。

 それでも、おれがやんないと。


 彼方の首に手を伸ばす。

 温かい。チョーカーは冷たいけど、肌は温かい。皮ふの下で脈が動いているのが分かる。


 けど、これが正しいことだから。

 おれは、雑巾みたいに彼方の首(ソレ)をしぼった。

 指がおし戻されそうだ。人体の弾力、その下で筋肉がひしゃげる感触。血管が引きのばされて破れる音。一番深いところで骨が砕けていくのが分かる。手に取るように。


 せめて、と顔を正面に動かしたときには、もう彼方の脈はなかった。体温がさりげなく、なのにしっかり消えていく。頬のひびは止まってた。けど。

 目は開いたままだった。

 駆が何か言ってるっぽい。あちこちから視線。痛くないし、冷たいわけでもない。けど。


 彼方のまぶたに触る。無理矢理でも動かせるように、でも力をこめすぎて潰さないように。そうやって、なんとか目を閉じさせる。もう、おれにはそんくらいしかできないから。

「………………っ」

 おれは足早に地下室を出ていた。


 夢だったらいいのに。

 夢だって言われたほうが、まだ信じられる。

 雲の上でも歩いてるみたいな感覚とか。

 話してる人たちは近くにいるのに、どこか声が遠く聞こえたりとか。

 今日にかぎって蛍光灯がどれも暗かったりとか。

 時間だって止まっているみたいで、見えない水に溺れてるみたいで。

 筋トレの間もシャワーの間も、体が全自動で動いているような気がして。


 けど、手に残る感覚が。

 ビクビクと動く血管。ねじれる筋肉。割れていく骨。その上に覆いかぶさった皮膚は生ぬるかった。だんだん冷たくなって。そんな感覚を、まだ手のひらが覚えてる。

 手のひらの無限ループが、あれが「現実」だったことをつきつけてくる。むしろおれ以外の全部が現実じゃないみたいだ。エントランスから流れるテレビの音も、はしゃぐ学年バラバラな声も。


 なのに。

 気づいたら、エントランスホールを眺めていた。おれが立っているのは男子寮につながる廊下で、つま先のすこし先までホールの明かりが差し込んでいる。


 離れたところには人だかり。笹に短冊をつるしてたり、近くの机で願い事を書いてたり。共通点といえば感染者だって示す赤いリストバンドと、猟犬候補生だって示すチョーカーくらいだろう。話す内容もバラバラらしく、夏休みやら明日からのテストやらについての声まで聞こえてくる。


 遠いな。


 七夕を告げるアナウンサーの声も。

 願い事に埋もれる笹も。

 短冊を書き終えた仲間も。

 笹を見上げる仲間たちも。

 聞こえてくる話し声とか笑い声とかも。

 足元まで届く光も。


 背を向けようといた時——一人の女子に目がいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る