殺シ生キル病
姫園東花
第1話 後悔してももう遅い
大切なものはいつだって目の前でなくなってしまう。
そして、その時にはもう間に合わない。
たしかに、馬鹿だったかもしれない。
テレビをつければ、どこかのチャンネルはテロ事件のニュースをやってた。
ネットをあされば殺生病感染者の話題なんて、腐るくらい転がってる。となりの県で虐殺があったとか、黒十字が犯罪感染者を生け捕りにできたとか。
けど少なくともおれが住んでた街は、黒十字が守ってくれてた。殺生病感染者の犯罪から。だから殺生病なんて、どっか遠い世界の話みたいで。都内にもスラムがあるなんて、おとぎ話レベルでしか考えたことなくて。
きっとそれは、父さんも母さんも同じだった。
だから予想なんてできなかった。
家族旅行の最中にテロが起こるなんて。
目の前で、二人が観覧車の下敷きになるなんて。
「……いきなさい、守人……」
「そう、だ……、執闘医に、なるんだろ……」
二人なりの遺言だったんだろう。行け、夢をかなえるために生きろって。
なのに、いや、だからかも。そんな時だってのに、まだおれは現実味を感じてなかった。だから、かけよってきた知らない大人にホイホイついてった。
もしも。もしもあの時、その人のリストバンドを見せてもらってたら。走ってる時に、偶然でもいいからリストバンドの色を確認できてたら。後の祭りだってのは分かってる。けど、考えずにはいられない。
たどり着いたのはサーカス用っぽいテントだった。遊園地だし、そういうのもあったんだろう。マグカップを手にたくさんの人が震えていた。おれも鉄のマグカップを渡されて——あの時の自分を殴りたい。……いや、今の腕力で殴ったら死ぬか。
入っていたのは甘いココア。鉄っぽい味とにおいはマグカップのせい、なんてのんきに考えてた。
だから気づかなかった。リストバンドが青から赤に変わるまで。
ココアに混じって、殺生病感染者の血が入っていたことに。
殺生病。それは死ににくくなる病気だ。ひどいやけどや即死でないかぎり、たいていの傷は治る体になる。最悪、手足がちぎれても断面さえくっつければ元通りだ。どんな異物も無効化するから、持病は治るし他の病気になることもない。
ただし、一日一人の人間を殺さないと死んでしまう。血液感染の病気で、感染率も発症率も一〇〇%。どんな異物も無効化するから——どんな薬でも治せない。
つまり、不治の病。
そんなのに感染したら、残された未来なんて三つだけだ。
二十四時間の間、だれも殺さず死んでいくか。
自暴自棄になって、たくさん殺してたくさん感染させるか。
あるいはそんな犯罪感染者を、黒十字の猟犬になって取り締まるか。
黒十字。それは対殺生病組織だ。ここの研究チームが治療法を生み出すまで、戦闘員「執闘医」が街を守る。そして猟犬とは、殺生病に感染している執闘医のこと。
自殺か犯罪者か裁く側か。そんなの答えを選ぶまでもない。だからおれは猟犬——をめざす猟犬候補生になった。黒十字学園中等部で、普通に勉強しながら訓練して。寮の二人部屋でルームメイトとはげましあいながら。
学園じゃ感染者なんて少数派だったけど、でも少しずつ増えて——少しずつ狂っていった。そして十人が廃人になった。
闇落ち・廃人化したら、彼・彼女といちばん仲のよかった者が殺処分する。猟犬のルールだ。もちろん、猟犬候補生にも当てはまる。
だから、全員と仲良くした。
だから、いつだって仲間を殺すのはおれの役目だった。
だから——だから、そのツケが回ってきた。
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