第8話 ステータス
酩酊羊が黒い煙となったのを見つめる。その煙は鈴鹿に向かってくるが、抵抗することなく受け入れると身体に吸い込まれていった。煙がなくなったことを確認すると、鈴鹿はその場に倒れこんだ。
「はぁっ、はぁっ、やっと倒した……! しんどすぎるぞ、これ……」
全力疾走でもしたかのように呼吸は荒く乱れ、全身汗でびっしょりだ。久しくバットを振っていなかったためか、手には新しくできた豆が潰れて皮がめくれていた。横に跳んではバットを振るため踏ん張ってを繰り返したから足腰もぴくぴくと痙攣している。
「とりあえず水だ……。リュックは……くそっ! 誰だよリュックあんな所に置いた奴は!」
戦闘の邪魔にならないようにと離れた場所に荷物を置いたことが悔やまれる。悪態をつきながら身体を起こし、生まれたての小鹿のようになりながら立ち上がった。
「お? レベル上がったか?」
満身創痍だというのに、先ほどよりも足取りが軽い。そんなちぐはぐな感覚を受けながら、荷物の中から水筒を取り出し失った水分を補給する。深く深呼吸をして呼吸を整えれば、落ち着いてきた。落ち着いたなら、戦果の確認だ。
「ステータスオープン」
別にそんなことを言わなくても念じるだけで出るのだが、雰囲気は大事だ。鈴鹿が一言告げると、目の前に半透明なウィンドウが表示された。
名前:
レベル:2
体力:14
魔力:12
攻撃:17
防御:12
敏捷:18
器用:16
知力:15
収納:6
能力:-
「うわっ、めっちゃ上がってるわ……」
表示されたステータスは、鈴鹿の想像以上の加算をされていた。レベル1の時のステータスと比較したのがこちらだ。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:1 → 2
体力:4 → 14
魔力:3 → 12
攻撃:7 → 17
防御:3 → 12
敏捷:8 → 18
器用:6 → 16
知力:5 → 15
収納:2 → 6
能力:-
通常レベル1時点のステータスは1~10の範囲であり、その平均は5であると膨大な人数の調査結果から判明している。鈴鹿の平均は5を若干超えているため、中の上といったところだろうか。特に攻撃と俊敏が高いことから、前衛のアタッカーを担える初期ステータスであった。
平均を超えていたことにホッとしつつも、魔力が低いことに軽くショックを受けていた。魔力や知力のステータスは魔法を行使する際に必要となるステータスのため、初期ステータスでは魔法型ではなかった。しかし、調べたらレベルが上がっていくことで魔法系のスキルを覚えることもあるため、そこまで悲観することはないと気を持ち直した。
収納は読んで字のごとくで、アイテムを収納できる個数が表示されている。最後に何も記載のない能力の欄は、スキルの欄だ。残念ながら鈴鹿は初期ステータス時も今回のレベルアップ時にもスキルを覚えることはできなかったようだ。ただレベル1時点でスキルを覚えている者は稀にしかおらず、探索者を目指すならレベル10までにスキルを1個覚えられれば良いとされていた。
そして改めて今回のステータス上昇率を見ると、平均で9以上も上昇している。ほとんどの項目が10も上昇していた。これはかなり上々な結果と言える。というのも、レベルアップ時のステータス上昇値は1~10の範囲で行われるのだ。つまり、体力、攻撃、俊敏、器用、知力の5項目も最大値の10も上昇したことになる。
「これは作戦がうまくハマったってことかな?」
ステータスの上昇値は、レベルアップするまでの過程が左右されることが分かっている。つまり、楽をすればステータスの上りが悪く、強敵に打ち勝てばステータスが盛れるのだ。そして、レベルが劣る雑魚をいくら倒してもレベルは上がらない。経験値1でも無限に狩り続ければ無限にレベルアップとはならないのだ。常に自分と同程度以上の敵に挑み続けなくてはレベルは上がらない。それも良質なステータスを得るには、対等な戦いに身を置く必要があった。これが鈴鹿が銃を選択せず金属バットを選んだ理由だ。
レベル上げを支援してくれる育成所では銃を使うことが一般的だ。銃を使えば遠距離から安全で
銃を使ったレベル上げでは、ステータスの上昇量は平均2と言われている。一方、鈴鹿のように近接戦闘で倒したり、銃は銃でも何らかの縛りを設けてしっかりと戦闘を行った場合のステータス上昇値は、平均5と言われていた。
その状態で両者レベル10まで上げた場合、育成所では上昇値平均18。戦闘でのレベル上げは上昇値平均45とかなりの差が生まれてしまう。育成所のやり方では、ステータスの差からいずれ同レベル帯の敵を倒すことができなくなってしまう。そうなれば詰み、その人のレベル上限が決まってしまう。
銃を使えばいつまでも敵を倒せるということはなく、モンスターもレベルが上がれば防御が高くなり、魔力を伴う攻撃でなければ倒せなくなってくる。レベル10までが安全に銃で倒せるラインとされていた。
それでも育成所に通う人が多いのは、そもそも探索者を目指していないためだ。探索者を目指していなければ、安全で楽にステータスが18も上昇するのは魅力でしかない。レベル10になれば初期ステータスの4倍近くに盛ることができるのだから。
ステータスはダンジョンの活動だけに恩恵がある訳では無いのが重要である。ステータスが上がれば身体も丈夫になり、ケガをし
それだけでなく、ステータスに応じて見た目にも変化が現れてくる。肉体は引き締まり、肌も紫外線のダメージを受けなくなるためシミなどもできることはない。体形も変われば顔も変わる。と言っても、別人の顔に成れるというわけではない。その人の顔をベースに整っていく感じだ。芸能人の○○に似てるよね!の○○さんにより近づくイメージだろうか。
それら肉体の変化は、およそレベル10で止まると言われている。際限なく整っていくことはないのが残念である。だが、そのおかげもあってこの世界では美男美女が多いようだ。
顔面偏差値が総じて10くらい上昇している気がする。クラスのイケメンや美女がモブ並みに増殖している感じだ。鈴鹿がこの世界で目が覚めた時、母親が起こしに来た時に化粧をしていると勘違いしたのは若さもそうだがステータス恩恵によるものが大きく、その時の母親はすっぴんであった。
もちろん、レベル10までのステータスの伸び率に応じて見た目の変化も変わってくる。芸能事務所などに所属している俳優やアイドルは、過酷ながらもレベル10までは銃を使わず自力でレベル上げをしていると言われていた。
「ステータス倍以上に増えたからな。結構変わってるのかな?」
鏡を持ってきていないため、顔に変化があったかどうかはダンジョンから出ないとわからない。鈴鹿の見た目はストレートに表現するなら低身長の色白もやし男だ。顔も可もなく不可もなく。腕を見ても、筋肉がついたようには見えず、相変わらず白く細い腕だ。
「にしても、これはキツイな。想像以上だわ。死ぬかと思った」
鈴鹿は先ほどの戦闘を思い返す。
「あいつ硬すぎなんだよな。いつまで経っても死なないし、攻撃効いてないんじゃないかと思ったよ。泣きそうだったわ」
配信者の戦いはレベル差もあってか、何度か攻撃を避けた後皆1撃で倒していた。さすがに1撃で倒せるとは思っていなかったが、5回も叩けば倒せると思っていた。なんといっても敵はレベル1の初心者向けのモンスターなのだ。鈴鹿が読んでいた漫画ではスライム相当のはずだ。スライムなら一撃で倒せるのが相場であったし。
だが、現実は違った。一瞬でも気を抜ければ突進を食らっていただろう。助走もないため骨は折れずとも、ダメージを負えば動きの精彩さは欠け、連鎖的に攻撃を食らうリスクがある。さらに永遠とも思えた攻防をしたため足腰は悲鳴を上げ、何度力が入らず転びかけたことか。そこまでして、ようやくステータス上昇値が9越え。探索者のトップを目指すのならば、この水準の戦いを維持し続ける必要があるのだろう。
レベルが低いから絵面はまだ可愛いものだ。だが、レベルが上がっていけばモンスターも当然強くなっていき、一つのミスで即死だってあり得るだろう。そんな環境で生き残り続けなければ探索者のトップには立てないのだ。
「いやぁ、きっついなぁこれ」
まぁいけるだろ。言うても序盤だし。と甘く見ていた。なんなら、生き物を金属バットで殴ることへの忌避感を気にしていたくらいだ。ちゃんと攻撃できるかな、と。
それがふたを開けてみればどうだ。初心者御用達のモンスターと激戦だ。こんなレベルでこの先やっていけるのか?
一つのミスが文字通り命取りになる。探索者を目指すならこれがずっと続くことになる。いや、最初でこれなのだ。今後はもっと厳しい戦いの方が多いことだろう。
「ふっふっふ……はっはっは! あーはっはっはっは!!!」
だというのに、鈴鹿は楽しそうに笑いだす。
「楽しい!! すごい楽しいぞ!! こんな達成感久しぶり……いや、初めてじゃないかッ!?」
疲労がピークに達したのか、死ぬかもしれない戦いを制した安堵からか、はたまた
「ゲームだよゲーム! こんな露骨に成長を実感できるなんてさ!!」
レベルが上がった際に感じる身体能力の上昇。ステータスを見れば明確に自身の頑張りが反映されている。
勉強だって頑張ればテストの点も上がり志望校のレベルだって上げられる。スポーツだって、練習を頑張れば試合に勝つ可能性が上がるものだ。ダンジョンに限らず、多くのことは努力に応じて身についてゆく。
鈴鹿はレベルが低いからこそ、ダンジョンでの成果が出やすく実感しやすいのだ。ゲームでもなんでも始めたては面白く、多くのことが吸収できるように。
「初回ボーナスだってのは十分理解しているけど……楽しすぎる! 最高じゃん探索者!!」
全力でぶつかってみたい事に出会えることがどれほど幸せか。やりたいこともなく歳を重ねてきた鈴鹿は知っていた。だからこそ、今感じているこの気持ちに従ってみようと、鈴鹿は決意した。
これが、後に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます