第4話 「異能」

何かを⾔いかけたおんの声は、扉の開く⾳によって遮られる。

⾳は⼊⼝の扉から発せられたようだ。


つごもりが⼊⼝の⽅に顔を向けると、そこには⼀⼈の少⼥が佇んでいた。

漆⿊の⻑髪に真紅の瞳、背は晦よりやや低く⾒える。

年齢は恐らく晦と同じくらいだろう。


少⼥は晦を⼀瞥すると久遠の⽅に顔を向ける。


「彼は?」

「「流界者」です。」

少⼥からの問いに久遠は⼀⾔で返答する。


かんなぎは関わってますか?」

「神凪様が直接呼んだようですよ、彼。」

続けて質問を投げかけた少⼥は、久遠の返答に眉をひそめる。


「ねえ、あなた。」

少⼥は視線を晦に移しながら話しかけてくる。

「はい、なんですか?」

「本当に神凪に呼ばれてここにきたの?」

「はい。」

少⼥の問いに晦は⼀⾔で返す。


「・・・そう。」

少⼥は視線を落としながら呟く。

その⼝調からはあいれんが感じ取れた。


「・・・神凪さんに呼ばれてここにくることって、そんなに悪いことなんですか?」

視線を落としたままの少⼥に晦は問いを投げかける。


「端的に⾔えば、最悪。あなたにとっても、私たちにとってもね。」

視線を上げ、晦の⽅に顔を向けた少⼥は苦々しげにそう⾔い放った。

「できれば帰してあげたいけど・・・。」

「多分無理ですね、 百年前の時とかは「かいしゃ」が「空球」から出れないようにされてましたから。」

「・・・そうですよね。」

そこまで⾔った少⼥と久遠は顔を⾒合わせると、同時に溜め息を吐いた。


「・・・あれ。」

そこで、少⼥は何かに気づいたようで晦の⽅に向き直る。

「私、⾃⼰紹介したっけ?」

「いえ、してないです。」

「あーごめん、すっかり忘れてた。・・・えーっとじゃあお互いに⾃⼰紹介しましょうか。まずは私から。」

そこまで⾔った少⼥は微笑を浮かべると⾃⼰紹介を始める。


「私の名前はきり ほの、年は⼗六、普段は「異都」とその周辺の治安維持活動みたいなことをしてるわ。」

⾃⼰紹介を終えた少⼥――――桐都は晦に⽬配せをする。


⽬配せの意図を理解した晦は桐都と同じように⾃⼰紹介を始める。

「晦蒼です。年は⼗六です。・・・昨⽇まで学⽣をしていました。 質問があれば答えます。」

「あ、じゃあ⼀つ質問があるんだけど・・・。あなた、⾼所恐怖症だったりする?」

「・・・いや、違います。」

「そう、なら問題ないわね。」

晦の返答に満⾜気に頷く桐都。

傍らでは久遠が苦笑を浮かべている。


「久遠さん、晦、私が連れてっちゃっても⼤丈夫ですか?」

視線を久遠に移しながら桐都は問う。

「それは構いませんが・・・「のう」についてきちんと説明してからにして下さいね。」

「・・・まだ説明してなかったんですか?」


「「くうきゅう」の地理を少し説明した程度です。「異能」、「りき」、「種族」についてはまだ説明できてないですね。」

久遠の⾔葉に桐都は露⾻に顔をしかめる。感情が表情によく出るタイプのようだ。


「私説明したくないんですけど。」

「・・・仕⽅ありませんね。」

桐都の⽂句に呆れたように応対しながら久遠は⼿近にあったコップを⼿に取る。

「蒼さん、このコップを⾒てて下さい。」


そう言うと久遠はコップを桐都に向けて投げつける。

「・・・え。」

久遠の⼿から放たれたコップは桐都にぶつかる直前に空中でピタリと静⽌する。

眼前の光景に絶句している晦の傍らで、桐都はいたずらっ⼦のように笑っている。


「これが「異能」ね。」

「・・・これが?」

「語弊がありすぎるので訂正しますが、これは「保美さんの異能」が引き起こした事象です。」

空中で静⽌しているコップを⼿に取り、棚に戻しながら久遠はそう話す。

⾃⾝の発⾔を訂正された桐都は不満気な顔で久遠を睨んでいる。


そんな桐都の視線を流しながら久遠は話を続ける。

「「異能」というのは知的⽣命体に低確率で宿る超常的な能⼒のことです。例えば、保美さんは 「重⼒」 という「異能」を持っています。これは⽂字通り重⼒を操ることができる能⼒です。 これから蒼さんには「異都」の中⼼地の⽅に⾏ってもらうんですが・・・その時の移動⼿段が保美さんの「異能」になります。」


「・・・ああ、空を⾶んでいくってことですか。」

暫しの思案の後に晦が発した⾔葉に久遠は⾸肯で返す。

「⼀応⾔っとくけど、⾶んでくのが嫌なら歩いて⾏くから無理はしないでいいわよ。」

「いえ、問題ないです。」

「そ、そう?ならいいんだけど。」

快諾されたのが予想外だったようで桐都は若⼲の⼾惑いを⾒せる。


「・・・えーっと・・・じゃあ、⾏く?めんどいけど「⼒」と「種族」の説明は私がやるわ。あんまり時間かけんのもアレだし。」

桐都の⾔葉に晦は⾸肯で返し、⼆⼈は席を⽴つ。


「あ、ちょっと待って下さい。」

そのまま⼊り⼝に歩みを進めようとする桐都を久遠が呼び⽌める。

「「シン」のところに連れて⾏けば保美さんが説明する必要はないと思いますよ。」

「あーそっか。アイツなら説明できるか。」

桐都との話を終えた久遠はそのまま晦へと向き直る。


「⼀つだけ、⾔っておきますね。」

そう前置きして彼は話し始める。

「「空球」には⼈間以外にも知性を持った⼈型の種がいます。貴⽅がこれから会うことになる「シン」という男も⼈間ではなく妖怪という種です。ただ彼はかなり温厚な性格なので⼼配はしないで⼤丈夫です。」

「わかりました。」


久遠と晦の会話が終わったタイミングで桐都が声をかけてくる。

「それじゃ、⾏きましょうか。」

そう⾔う桐都は既に⼊り⼝の扉のドアノブに⼿を掛けている。


「いってらっしゃい、気をつけて下さいね。」

「はい、⾏ってきます。⾊々とありがとうございました。」

久遠と挨拶を交わした晦は⼊り⼝へと歩を進める。

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