第7話
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かれこれ一時間ほど、アレクとオーグは団長室で、クレメンスを交え話し合っている。
アレイシアは何か気になって、こっそりと、団長室の近くで要件が済むのを待っていた。
そして、話し合いが終わり部屋を出てくる際、クレメンスが恭しい態度で二人に頭を下げるのが見えた・・・不思議な事に、視線の先はオーグであるようだった。
アレクもオーグも、表情が暗かった。
「団長閣下、副団長閣下・・・何かあったのですか?」
アレイシアは不安に襲われ、思わず問い質す。
アレクがオーグを見る。
オーグは、静かに頷いた。
「アリー、大事な話があるんだ、聴いてもらえないかな?」
優しい笑みを浮かべて、オーグは言う。
でも、その笑顔はとても悲しそうな笑顔だった。
***
アレイシアは団長室に招き入れられ、扉は中から鍵がかけられた。
「今朝方早く、王太子殿下が急逝なされた・・・予期せぬ病死とのことだ」
口を開いたのは、アレクだった。
「現在、王位継承権者は3名、第一位は4歳になられるジョン王子殿下、第二位は2歳になられるカトリーナ王女殿下・・・そして第三位が、『オーギュスト王子殿下』だ」
「国王陛下はご高齢で、健康も崩されている」
「宰相をはじめ、高位貴族たちの協議の結果、実力や年齢を考慮し、ジョン殿下がご成人あそばされるまで、オーギュスト殿下が次期国王として直ちに王位を継ぎ、その後、成長されたジョン殿下の器量を見たうえで、禅譲の是非を検討する事が、現時点における国の安定のためには最も上策と判断された」
「え?」
アレイシアは、その言葉を理解できなかった。
「え?・・・オーグ様?」
言葉の意味を受け止めきれないアレイシアは、ただただ混乱する。
「アリー」
「オーグは・・・いや、オーグ殿下は次期国王となられるんだ」
アレクの優しい口調が、却って残酷な響きを纏って、アレイシアには聞こえた。
「え? アレク様、仰る意味がよく分かりません」
「・・・だって、だって それじゃ」
「アリー」
「・・・もうすぐ、お別れしなきゃいけないんだ」
次期国王オーギュスト・マクシミリアン王子は、哀しそうな笑みを浮かべて、そう言うのがやっとだった。
気がつくと、アレイシアは団長室の鍵を開き、ドアを開け飛び出している。
「追わなくていいのか? オーグ」
アレクが尋ねるも、オーグは肩を落として答えない。
「・・・なぁ、オーグ」
「俺はさっき、お前とアレイシアが一緒に出掛けるのが耐えられなくなって」
「アレイシアを引き留めようとしたんだ・・・」
「せっかく俺は、お前と本気で争う勇気が湧いたのに・・・・」
「・・・こんな事って、あるか!!!」
アレクは怒りが抑えきれず、テーブルを思いきり叩いた。
分厚い天板に、大きな亀裂が入る。
「仕方が無いさ、アレク、しょせん強制的な命令だ」
「意向に背けば反逆罪になる・・・そうしたら、お前やアレイシアを巻き込んでしまう」
「これが、運命だったんだ・・・せめて、唯一信用できるお前に、アレイシアを託したい」
オーギュストは、すでに静かな諦観を身に纏っている。
「・・・オーグ、俺は今から、アレイシアに『あの人』の事を話してくる」
「そして、自分の気持ちを伝えてくるよ」
アレクが意を決したように、静かに言う。
オーギュストは、穏かな笑みを浮かべて頷いた。
***
アレイシアは、自室のベッドに突っ伏して泣いていた。
自分が中途半端な態度をずっと取り続けているうちに、オーグは手の届かない存在になってしまった。
国王になれば、自分のような没落令嬢など、相手にできるはずもない。
これだけ自分を大事にしてくれたオーグのことだ、側室や妾として自分を迎えるような、中途半端なことは、絶対にしないだろう。
「バカ・・・オーグのバカ、変なところで真面目なんだもの」
アレイシアは、自分が何を言っているのか自覚の無いまま、言葉を口にしている。
コンコン、ノックの音がした。
「!」
「・・・オーグ!?」
ドアを開けると、そこにはアレクがいた。
「話したいことがあるんだ・・・入ってもいいかな?」
こんなに切なそうアレクを、アレイシアは、はじめて見た。
「は、はい・・・どうぞ」
困惑しながらも部屋に招き入れる。
「俺は昔、たった一人の女性を愛したんだ」
アレクの独白は、そう始まった。
アレクがまだ士官学校の学生だった頃、新任の医学武官が講師として赴任してきた。
それは、赤みがかった豊かな髪を持つ、生き生きとした美しい年上の女性で、名をソフィアと言った。
アレクは一目で恋に落ちた。
その頃からの無二の親友であるオーギュストは、陰日向からアレクの恋が成就するよう、力を貸してくれた。
いつの間にか、アレクとオーギュスト、そしてソフィアの三人は、腐れ縁のような雰囲気で、つるむようになっていった。おおらかな性格のソフィアは、時に酔って彼らと裸で湖に飛び込んだりも、した。
アレクは、恋が実らずとも、こうやって楽しい時が続けば良いと願っていた。
なぜなら、ソフィアはオーギュストに心を奪われている事に気付いていたからだ。
心優しいオーギュストは、アレクため、そしてソフィアを傷つけぬよう、女たらしを装って、気付かれぬよう慎重にソフィアとの距離を置いた。
一番苦しかったのは、オーギュストだったろう。
自分がひどい男を演じ続ければ、アレクとソフィアの、危うくも幸福な時間は続くのだから。
・・・そして、それでも、いつか時間が苦い思いを解決してくれただろう。
だが、戦争が起き、オーギュストは志願して前線に赴いた。
当時、国王の後継者は数多くおり、妾腹の子であるオーギュストは軽んじられていた。
しかも、母の身分の低さに反比例して、オーギュストは優秀すぎた、それが他の継承者を推す派閥から疎まれてもいたのだ。
だから、オーギュストは自分の命の価値を軽んずる傾向があった。
そんなオーグをアレクは当然、放ってはおけない。
無二の友として、アレクに付き合うことに決めた。
・・・そして、オーグを愛するソフィアもまた、周囲の反対を押し切って共に前線に立った。
戦場は激しさを増し、自分の命を軽んじるオーグは傷が絶えなかった。
ソフィアは溢れそうになる涙を抑え、健気にオーグの治療を続ける。
ある日、陣地に奇襲を受けた。
オーグは、傷も癒えないのに、先陣に立ち、味方の退路を切り開こうとした。
それを案じるソフィアは、制止も聞かずオーグから離れようとしない。
アレクは覚悟を決めた。
二人を守って、この窮地を切り抜けるのだと。
アレクは獅子奮迅の活躍をした。
だが、あと少し・・・というところで、敵に囲まれた。
もはやここまで・・・そう覚悟した瞬間、敵の矢を誰かが身をもって庇った。
・・・ソフィアだった。
矢傷を受け、血を流し、そして倒れた。
その時、アレクは自分の中で、何かが弾け、そして何かが壊れた。
野獣のように怒り狂い、気がついた時には、辺りには敵兵の死体が転がっていた。
なおも怒りに任せ、死体に剣を突き刺そうとするアレクを・・・オーグが止めた。
「ソフィアが、お前に会いたがっている」
悲しそうな目で、そう言うオーグを見て、アレクは我に返った。
ソフィアの元に駆けつけると、ソフィアは既に虫の息だった。
ゴホゴホと苦しそうに、咳込んで血を吐きながら、アレクとオーグに何かを伝えようとしている。
だがアレクは、ソフィアが何を言おうとしているのか、分からなかった。
・・・そして、程なくしてソフィアは息を引き取った。
「クソっ・・・何でだよ?」
「なんで、ソフィアなんだ? なんでオレじゃない??」
涙を流しながら、悔しさのあまりアレクは拳を地面に叩きつける。
・・・何度も何度も。
見る見る拳が血にまみれるが、叩きつける拳は勢いを増すだけだ。
「やめろ!」
オーグがアレクの腕を掴んで制止する。
「離せ、オーグ!!」
「ソフィアは、俺を庇って死んだんだぞ!!?」
「俺の、俺のせいで・・・・」
だが、アレクは自暴自棄な気持ちが収まらない。
オーグは静かにアレクに言った。
「アレク・・・ソフィアが最後に何て言ってたか、分かったか?」
「『アレク、無事でよかった』・・・そう、最後に言ったんだ」
「・・・分かってるのか?」
「お前は、そうまでして助けてもらった身を、どうしてそんなに傷つけるんだ!!」
何かで頭を殴られた気がした。
自分は頭に血が上り、最愛の女性の最期の言葉を聞き取れなかった。
オーグは一歩引き、自分とソフィアの『最期の時間』を大切にしてくれたのに・・・。
「俺はもう、この身を粗末にしない」
「・・・お前はどうする?」
オーグは低くアレクに問うた。
その日以来、二人は決して命を粗末にすること無く、しかし、民のため命を懸けて国を守る事を誓ったのだ。
アレクは侯爵家、オーギュストに至っては王族の血を引きながら、敢えて命懸けの激務である第三騎士団に、一騎士として志願したのも、それが理由だった。
***
「私はね、愛する女性の気持ちを最後まで汲むことが出来なかったんだ」
「それなのに、いつもオーグは一歩引いて、俺たちの事ばかり考えて」
「本当はね、私は一目会った時から、君に好意を感じていた」
「オーグより俺の方が早く君を好きになったって、内心では思っていたよ」
「でも、オーグは自分の心に素直だった」
「過去を引きずる俺と違ってね・・・」
「アイツは、普段はあんなだけど、本当は素直で優しい男なんだ」
「君ならわかるだろう?」
「・・・だからこそ、言うよ」
「君は、このままで良いのかい?」
アレクが笑った。
はじめて見る、笑顔だとアレイシアは、思った。
「私、私・・・オーグの所に行かなきゃ!!」
アレイシアは、部屋を飛び出して行った。
「これで良いんだよな?・・・ソフィア」
はにかんだ笑顔を浮かべたアレクに、後悔の色は無かった。
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