第5話



アレイシアは、結局、一睡も出来なかった。


オーグとは気持ちが、アレクとは不本意ながら、身体の距離が縮まった昨夜のことを、否が応でも思い出さざるを得ない。


厄介なのは、どちらの出来事も、まったく不快に感じない事だ。



どこまでも優しく、洗練されたオーグの振舞い。

まるで鋼で出来た、美しい彫刻のような、逞しいアレクの肉体。

どちらにも、微塵の厭らしさの欠片も無い。


・・・だからこそ、自分の欲深さが嫌になる。


でも、二人は笑って接してくれるだろう。

いいのだろうか?・・・自分ばかりが甘えるだけで。



幸せだと、失うことが怖くなるのだな・・・・。

気がつくと、今までの自分には、想像も出来ない事を、アレイシアは考えている。




それでも、朝が来て、仕事が始まれば、日々は変わらず過ぎていく。

オーグはいつもやさしい気遣いを忘れないし、アレクはお陽様のように温かい。

二人との間にあった出来事も、日々が積もって行く中に、少しずつ埋もれていく。


・・・そして、さらに半年が過ぎた。




***




アレイシアが、ごくたまに取る休みの日には、必ずオーグと出かけるようになっていた。


それでも騎士団の中で「恋仲」と揶揄されないのは、オーグの普段の完璧な振る舞いに依るところが大きかった。


つまりは、自制心を完璧に保てる『上司』が、頑張っている『部下』を労っているようにしか、周囲には見えなかったからだ。


それに、身寄りのないアレイシアが知らぬ場所を一人で歩くのは危険だから・・・と、いう理由で、オーグを共に外出させるという大義名分を、団長であるアレクが名言したことも大きい。


だが、オーグ本人は、一歩遠慮しがちなアレクの姿勢が気に入らないらしい。


アレイシアは、初めて会った時からアレクの事を憎からず思っている。その事はオーグが一番良く知っている。アレイシアとの心の距離は、元々オーグよりアレクの方が、ずっと近かったのだ。


だからこそ、オーグは焦り、なりふり構わぬ積極的な行動に出た。

アレイシアは、そんな自分の強引な行動に怒るでも嫌悪するでもなく、感謝の気持ちさえ抱いてくれた。


そんな優しいアレイシアに対し、この期に及んで、消極的な親友の弱腰が我慢できなかったといえる。


オーグは、アレクがアレイシアを素直に求め、もしアレイシアがそれを受け入れれば、大人しく身を引く覚悟さえ、あった。


全て、アレイシアの望みに従おうと。


だからこそ、アレクサンドロスの不甲斐なさ、女々しさに苛立つのだ。

アレクに深い友情を感じているからこそ、なおの事、苛立つのだ。




***




オーグと一緒の、何度目かの外出の帰路、馬車の中でオーグはアレイシアに言った。


「アリー、どうしても確認しておかなければならない事がある」

「・・・アレクの事を・・・君は、どう思っている?」


いつかは、尋ねられると分かっていた。

はっきりしなければいけない事だとも・・・それでも、アレイシアはドキリとする。


「・・・好き、だと思います」

「そして、オーグのことも、好き」


そう言うと、呼吸を整えて、絞り出すように続ける。


「アレクが私に迫ってきたら、きっと私は身体を許してしまう」

「・・・そして、オーグ、あなたにも許してしまう」


「・・・ごめんなさい、わたし」

「わたしは、汚い女なんです・・・ごめんなさい」


「二人が、どこまでも優しい事を知っているから」

「どこまでも、二人の気持ちを踏みにじってしまう」

「・・・嫌になるんです、こんな自分が!!」



「・・・ごめんなさい、ほんとうに、ごめんなさい、ごめんなさい」



アレイシアは両手で顔を覆う。

涙がとめどなく流れ落ちる。



アレイシアをオーギュストはそっと抱きしめた。


「ごめんね、アリー」

「辛い思いをさせた・・・私が臆病だったせいで」

オーギュストは、そう言うと一旦息を整えた。


「・・・次の休日は、泊りがけの旅行に行こう」

「私は、その時、君に妻となって欲しいと乞うつもりだ」

「・・・嫌かい?」


オーグは真っ直ぐにアレイシアを見つめている。

そこに迷いは無かった。


「・・・はい」

「楽しみに、待っています」

アレイシアも心を決める。



「ほんとうに、ありがとう・・・」

オーグがアレイシアの唇にくちづけをする。

アレイシアはそっと目を閉じ、オーグの逞しい背に腕を回した。






***






「アレク、お前にだけは正直に話す」

「俺は、アリーに正式に結婚を申し込む」

「次の休暇では、俺は彼女と泊りがけの旅行に行く」

「・・・そして、彼女を抱くつもりだ」



アレクの表情が微かに揺らいだ。

オーグは知っている、こういう時アレクは、激しい動揺を必死に隠していると。



「俺はアリーに尋ねたよ」

「お前の事を、どう思っているかをな」

「好きだと答えたさ・・・迷い無く、な」


「俺が彼女から同じ言葉を引き出すのに、どれほど苦しんだと思っている?」

「・・・それをお前は易々と」


「いいか! もう一度言う」

「次はアリーを抱く!」


「・・・アリーにとって、何が幸せなのか、俺には分からなくなったんだ」

「だから、俺は・・・」



そう言うと、寂し気に肩を落とし、歩み去って行く。



「・・・オーグ」


そう言って伸ばした手は、オーグには届かなかった。

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