第3話



久しぶりの王都だった。


オーギュストの言う通り、軍の所用は最初に僅かの時間、そして3時間ほど挟んで、もう一度・・・それで終わりのものだった。



最初の所用を済ませた後、オーギュストお薦めの店で食事をとることとなった。

質素な服装のアレイシアに気を遣わせぬよう、庶民的な雰囲気の店だったが、料理は絶品・・・気遣いのできる大人・オーギュストならでは、のチョイスである。


とはいえ、凛々しい軍服に身を包んだ、精悍美麗と言って良いオーギュストの姿は、店内の女たちの目をくぎ付けにする。


若い給仕など、仕事を忘れうっとりとオーグを見つめる始末だ。


質素な服に身を包んだだけの、化粧っ気すらない自分には、場違いな気がしてきた。


「どうしましたか?」


心配そうなオーグの声がする。

自分の顔をじっと覗き込んでいる。


わ、わ!・・・近い!!

ビックリしたぁ・・・。


オーグの美しい顔が、すぐそばにあるのに気がついて、一瞬慌てる。



「い、いえ・・・何か私、オーグ様とは不釣り合いだから、何か場違いみたいで」

「何となく、視線が刺さってくるような・・・」


アレイシアが落ち着かない口調で言う。


「逆ですよ、アリーが綺麗だから、貴女を皆が見ているのでしょう?」


普通なら歯の浮くようなセリフだが、オーグの口から出ると、実に自然なところが不思議だ。


「おだてても、何もでませんよ!」


少し恥ずかしくなって、怒ったふりをして言い返す。



「ハハハ・・・私は事実しか言わない性分でね」

「アリーも、それは知っている筈ですけどね」


シレっと、オーグが言ってのける。

確かに彼は、思ってもいないことを言うような男では無い。

それは分かる・・・分かるのだが。



食事はとても美味しかったが、後半、妙に緊張してしまった。

デザートに何を食べたか覚えていない。




その後、軍の本部にオーグは赴き、その間馬車で待つことにした。

どこかに寄るか?と聞かれたが、寄りたい場所が無かったからだ。


本を片手に時間を潰す、30分ほど経ったろうか、息を切らせてオーグが戻って来た。


「お待たせしました、退屈ではありませんでしたか?」


たった30分しか経ってないのに、あのクールなオーギュストが走って戻ってくるなど。


「ぜんぜん退屈などしてません」

「それより、大丈夫なのですか? 用事はきちんとお済みなのでしょうか?」

「・・・先ほどから、私を甘やかし過ぎですよ!」


初めての休暇とはいえ、多忙な副団長の職務の合間を縫っての「付き合い」としては、かなりサービス過剰だと、アレイシアは思うのだ。


だから、少し大げさに、からかうようにアレイシアは言った。



「いいえ・・・こんな程度では、ぜんぜん甘やかし足りませんね」


当然、そんな事にはまるで動ぜず、シレっとオーギュストは言い放ち、突如、抗い難いような魔性の笑みを浮かべて言った。


「俺の溺愛は、こんなものではないよ・・・アリー?」


アレイシアの鼓動が突如速くなった。

・・・興奮して、目が回ってきた。



「大丈夫ですか・・・アリー?」

「すみません、大人気なく、つい本気になってしまいました」


オーグが、照れくさそうな、爽やかな笑みに戻る。

アレイシアは、その笑顔を見て落ち着きを取り戻す。


「もう! 私みたいな小娘をからかわないでくださいね!!」

そう言ってプウとふくれた。


「あはは、ごめんごめん・・・」

バツが悪そうに、オーギュストは苦笑いした。

こんな表情をするオーギュストは、見た事も無い。


それに、自分も人に甘えた態度を取るなど、何時ぶりの事だろう?

きっと、これもオーグ様の気遣いなのだ。



きっと今日は、ずっと過保護だ。

でも、今日くらい、甘えてみよう・・・アレイシアは思った。



その後は、アリーの私服をみつくろい、プレゼントされた後、好きな本を探すのに付き合ってもらい、夕食はまたセンスの良い、でも居心地の良い店でとることになった。


オーグは、どこに居ても気遣いが巧みで、上手にエスコートする。

普通の人が行ったら、キザな振る舞いなはずなのに、まったく嫌味なところも不自然なところもない・・・全てがさりげないのだ。


こんな男性、世の女性が放っておくわけがない、オーグ様の想い人は、本当に幸せ者だなぁ・・・アレイシアは思った。



帰りの馬車の中


「ああ、本当に、楽しかった・・・」

「また、機会があったら誘って欲しいです!」

本音で、そう言葉が出た。



「・・・よかった」


オーギュストは、緊張から解き放たれたような、安堵の声を出す。

何か、いつものような余裕たっぷりの大人の物言いではない事に違和感を覚えたが、きっとそれは、自分のような小娘に合わせるのが大変だったのだろうな、と理解した。


だから、何度も甘えるのは、きっと良くないだろう・・・。


「でも、無理はしないでくださいね」

「オーグ様は、人に気を遣い過ぎるところがありますから・・・」

「そうそう、今度私の方から、何かお礼をさせて下さい!」


既に成人を迎えた女性、アリーとして、当然の言葉である。



「・・・いいえ」

「私が、貴女を誘いたかったから誘った」

「私は、とても楽しかったから、必ずまた誘いたい・・・」


オーギュストは、そう言うと、スッとアリーの唇に自分のそれを重ねた。


「お礼、というなら・・・これで私は、もう、貴女に返しきれない借りができた」

「これから、私はずっとアリーに、与え続ける「口実」ができました」


「・・・卑怯と、お怒りですか?」

「拒むなら、構いません・・・罵ってくれても、構いません」

「・・・ただ、正直に気持ちを伝えたい」


「その事だけは信じて欲しい・・・アリー、私は貴女に、心奪われた」



アレイシアは、一瞬呼吸が止まった。

思ってもみない、オーギュストの告白だったからだ。


突然、唇を奪われたことに、怒りも不快感も無い・・・ただ、驚いただけだ。

はっきりと分かる事は、自分はオーギュストの事を、決して、嫌いではないということ。


ふとアレクの笑顔が心に浮かぶ。


「オーグ様、今、私は怒ってもいないし、不快とも感じていません」

「むしろ、こんな私を、そんな風に思っていただける事に、感謝を覚えています」

「・・・でも、あまりに突然のことで、気持ちの整理がつきません」


「・・・お時間を、いただけますか?」

「そして、その時まで、願わくば・・・今の関係を、ずっと守りたいのです」

「・・・身勝手でわがままな事を言って、ごめんなさい」



アレイシアは素直に隠す事無く、オーギュストへ気持ちを伝えた。



オーギュストは、ぎゅっとアレイシアを抱きしめた。

その腕が微かに震えている。


「拒まれるかと覚悟していました」

「正直に言ってくれて、ありがとう・・・アリー」


オーギュストの逞しい腕や胸板は、とても温かく、アリーを心穏やかにさせた。

そこに、嫌らしさなど微塵も無いのが分かった。


「オーグ様、また、お食事しましょうね!」


「ええ、よろこんで!」



オーグは素直な心を示してくれた、自分も、今素直に思っている事を伝えられた。

だからこそ屈託なく、アリーはオーグに甘えることが出来ることに、喜びを感じていた。

万一、この気持ちが恋でなくとも、オーグとは良い関係であり続けられる。


そんな確かさを感じていた。

自分は、何と恵まれているのだろう・・・・オーグの体温を感じ、強く思った。



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