第2話



アレイシアの第三騎士団での生活は、以前と比べれば、まるで夢のようだ。


確かに仕事は体力勝負で、最前線の実戦部隊である第三騎士団は、朝も早いし、深夜の仕事が入る事だって、まるで珍しくない。


それでも団員たちは、気持ちの良い人たちばかり、少し荒っぽいだけで心根は優しかった。


剣の達人でもある副団長のオーギュスト閣下は、さりげなく、でも、いつも気を遣ってくれる。いつも、とても格好良くて、素敵な大人だと尊敬できる人物だ。


そして、団長のアレクサンドロス閣下・・・。

あの人は、当代一と謳われる最強の騎士だ。

それなのに、普段の彼は、無邪気な子供のように、心を開いて接してくれる。

まるで、お日様に包まれているような気持になって、安心して、心地良くなる。



だから、働くのが楽しいし、辛いなんて感じたことがない。

目一杯働いて、クタクタになっても、温泉に浸かって、ぐっすり眠れるから。

それに、好きな人といるから、とっても楽しいんだ。




・・・え?


好きな人?


わたしに?



アレイシアは、そこで目が覚めた。

窓から陽の光が漏れている。




「あ、寝坊した?!」



慌てて飛び起きて、着替えている途中で、休みを貰ったことを思い出した。


第三騎士団での生活は充実しているし、日々が楽しいから、休みを貰おうと考えた事は無かったが、団長と副団長に、強引に休みを取るよう言われたのだ。


とはいえ、身よりもなく、これといった友人を作る時間も無く、働き詰めで生きて来たアレイシアには、自由な時間、何をやっていいのか分からなかった。


仕事はするな、と言われているので、私服に着替え、取り敢えず第三騎士団の兵舎をふらっと歩き回る。



「アリー、お休みかい?」


「お!アリー!、私服も可愛いじゃないか!」


「アリー、いつもありがとうな」



皆、温かい言葉を、陽気な笑顔でかけてくれる。

みんな、大好きだ・・・。





「アレイシアさん、今日はお休みですかな?」


以前、面接の時に案内してくれた老兵士が話しかけてきた。



「はい、でも行くところもなくて、兵舎をフラついちゃってました」


アリーは正直に言う。


「・・・そうですか、まぁ第三騎士団の中なら安心でしょうが」

「とはいえ、荒くれ者の前で、そんな可愛らしい姿を無防備に見せるのは、どうかと思いますよ?」


老兵はアリーに、そう忠告する。


以前のアリーなら、当然警戒したし、不用意に男性の集団に近づく事など無かった。


この第三騎士団が特殊なのだ。


「でも、皆さん紳士だし・・・」


アリーは、今までの皆の態度を思い出し、老兵に反論しようとしたが、老兵は説いた。


「実は、団長と副団長が事前に、厳しく釘を刺しているのも、事実でしてな」

「副団長に至っては、万一、貴女に無遠慮な手を出すことは」

「自分の想い人に手を出す事だと思え・・・とまで言っております」

「団長と副団長の圧倒的実力があるからこそ、第三騎士団は統率がとれておるのです」


「仲間を信じる事は大事ですが、不用意に近づきすぎると、却って互いが傷ついたりするもの」


「あくまでも、ここは荒ぶる男所帯、そして貴女は美しく若いご婦人・・・なのです」


「その部分は、貴女もしっかり考えなければ、いけませんよ」


少しだけ厳しい表情を浮かべ、アリーに、そう諭した。



「・・・難しいものですね、男と女って」

「仲良くなるのは大事だけれど、一線を踏み外せば関係は壊れてしまう」

「ここは私にとって大切な場所・・・壊さないように努力してみます!」

「・・・ありがとうございます、忠告していただいて」


老兵の言葉を飲み込んだアリーが笑顔を浮かべ、兵舎に戻って行く。





「・・・これでよろしいかな?」


老兵が小声で呟く。

後ろに立っていたのはアレクサンドロスだった。


「はい、ありがとうございます」

「我々だと、ついつい、彼女に甘くなってしまう」

「・・・助かりました」


アレクは老兵にそう言って一礼する。


「・・・ところで団長」

「貴方にも、オーグ殿のような、真っ直ぐさが必要なのではありませんか?」

「オーグ殿とて、貴殿の幸せを願っている」

「だからこそ、ご自身の心の折り合いをつけるのに、随分と苦労されておる様子」

「苦しませるのも、どうかと思いますがの・・・・」



だが、アレクは無言を貫いた。





***





「ふううぅ・・・でも、どうしよう?」

「時間、余っちゃったな」

「街に、出てみる? でも、行くところなんかないし」



自室のベッドに転がりながら、考えを巡らしていると、コンコンとノックの音がする。


「はい?」


立っていたのは、副団長のオーギュストだった。


「今から、街に所要があって出ます」

「用事は僅かで、その間の自由時間が多いのです」

「となると、食事を摂るのも一人では不便なので、お付き合いいただけると助かります」

「・・・いかがでしょうか?」

「アレクにも、この事は伝えております」


非の打ちどころの無い、紳士的な振る舞いだ。

お願いされて、断る要素が見当たらない。

・・・ただただ、恐縮するだけだ。


「私なんかが、よろしいのですか?」


「何をおっしゃる、もちろんです!」


オーギュストはにっこりと笑った。

普段がクールだけに、破壊力は絶大だ。



  - うわぁ・・・こんな顔されたら、貴族の令嬢たちはイチコロね -

  - こんな素敵な騎士様なんて、第一騎士団にだっていないもの -

  - お仕事上のお付き合いじゃなかったら、勘違いしそう -

  - でも、気を遣って下さってるのよね、本当にお優しい方だわ -



「私も、時間を持て余していたところで、嬉しいです!」

「オーグ様は、本当にお心遣いが上手な、大人の方ですね」

「凄く尊敬してしまいます」


アレイシアは事実を正直に伝えた。



「・・・おだてても、何も出てはきませんよ?」


再び浮かべた笑顔は、女性にとっては兵器となりうるものだった。



軽く身だしなみを整え、アリーはオーグと共に、馬車に乗って兵舎を出る。


門の近くに老兵とアレクがいた。

アレイシアは馬車の窓から無邪気に手を振る。


「アレク様、これからオーグ様と街に行ってきます!」


アレイシアを見て、陽気な笑顔を浮かべ、アレクは手を振った。


「ああ、ゆっくり楽しんでおいで!」


「はい! 行ってきます!」






アレクの目を見据えると、目が合った。


「・・・済まんなアレク、俺は本気だ」


オーギュストは小さく呟いたが、アレイシアは聞き取れなかった。



「え?」


「天気が良くて助かったなぁ・・・と、ね」


「ですね! せっかくのお出かけですし!!」




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