加齢臭
風呂から出てリビングに戻る途中、寝室のドアに目をやる。
この家にベッドはひとつしかない。なので彼女にそれを譲り、俺はリビングのソファで眠ることにする。
自分の方がソファで寝ると言い張る竹原を寝室へと押し込んだのだが、彼女はもう眠っただろうか?
ソファに仰向けになる。
今日は竹原と海にでかけ、写真を撮り、食事をして、最後はこうして同じ屋根の下で1日を終えることが出来た最高に充実した一日だった。こんなにも楽しかったことは久しぶりかもしれない──なんてことを
未だに降り続く雨の音を聴きながら瞼を閉じる。今夜はいい夢が見られそうだ。
「先生、先生」
竹原の声が聞こえて目を開けると、そこには困り顔の彼女の姿があった。
「どうした?」
身を起こして訊ねる。時計は深夜2時を示していた。
「起こしてしまって本当にすみません。お願いがあって、」
このタイミングでお願いだなんて、まったくその内容が予想出来ない。
「あの、やっぱりわたしがソファで寝るので先生はベッドを使って下さい、お願いします」
まさかそんなことで起こされるとは思っておらず拍子抜けだ。
「駄目だ、お前はちゃんとベッドで眠れ」
よしよしと頭を撫でると、彼女は眉を下げて泣き出しそうな顔をする。
「眠れないんです、だってにおいが、」
“におい”……やはりあれか、加齢臭のことか?? 竹原が風呂に入っている間に布団へ消臭スプレーを吹きかけておいたのだが、それでは足りなかったのか?! だがここで竹原に臭いと言われようものなら確実に心が折れてしまう。
「お布団、先生のにおいがして……」
「待て、竹原! それ以上は言わないで──」
「ドキドキして眠れないんです!!」
「ん?」
「ま、まるで先生に抱きしめられているみたいで、こんなの興奮して寝られるはずありません!」
「んん??」
「寝る寝られない以前に大好きな先生のにおいを朝までかぎ続けるだなんてことをしたら……多分わたし狂っちゃうので」
なんかもうだいぶ狂っていると思うのだがそれは言わないでおくか。それにしても……。
「俺のにおいが、その……臭いとは思わないのか?」
「は? 香水にして毎日つけたい位ですが?? それが何か????」
うん、やはり狂っているがこれが竹原の通常運転で安心する。
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