キスはまだはやい
「先生、わたしとキスしてくれますか?」
その答えは勿論YESなのだが、本当に大丈夫なのだろうか? 竹原は可哀想なほど震えていて、逃げ出すのを必死に堪えている。
無理強いするのはよくないことだが、彼女はきっと今日は俺の為に無理をしに来てくれたのだ。それに俺が応えないでいたら、きっと竹原は報われない。
「分かった、キスをしよう。目を閉じてリラックス出来るか?」
「目を閉じるのは、怖いですぅ」
「怖いものなどありはしない。ここにいるのはお前と俺だけだ」
すると竹原はゆっくりと目を閉じる。……ああ、そんな無防備にして。俺でなかったらとっくに食い荒らされているところだ。
「それじゃあ、いくぞ」
「はひ」
緊張しきっている彼女に顔を寄せ、竹原の赤く柔らかい──頬にキスをした。
「……へぁ?」
気の抜けた声を上げて竹原は目を開ける。
「とりあえずこれで前進だ」
「え? でも、唇じゃなくて頬っぺた……」
「さすがにそこまで泣かれてしまってはなぁ」
竹原の目からボロボロと大粒の涙を溢れ落ちており、彼女に覚悟があったとはいえ唇にキスするのは憚れた。
「す、すみません! 涙、止められなくて、」
「責めているわけじゃない。……この先もずっと俺たちは一緒にいるんだ、ならばゆっくりと俺たちのペースで色んなことをしていこう。それでは駄目か?」
優しく背中を擦りながらそう言うと、彼女はこくこくと何度も頷く。
「はい、それがいいです。ありがとうございます、先生~」
竹原が俺の胸へと飛び込んでくるのでギュッと抱きしめる。キスは駄目なのにハグは大丈夫なのが不思議だ。
「先生、わたし今にちゃんとキス出来るようになりますからね」
「ああ、そうだな。……それにしてもその“ちゃんと”とはどういう意味だ?」
「え? それは、ちゃんと唇と唇を合わせてってことですが?」
「キスというのは唇だけでなく、舌を──いや、何でもない」
この様子ならきっと竹原はディープキスなんてことは思いついていないのだろう。ならば今は黙っておこう。きっと近い内にまた彼女が俺のことで思い悩むことになるだろうが……それがかわいいからな。
《終》
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