研究室で講義で使うレジュメを作成していると、部屋の扉が3度ノックされる。


「はい、どうぞ」


 普段の声より若干柔らかくなってしまうのは最早仕方ないことだ。席を立ち、彼女を出迎える。


「総合歴史学科3年の竹原たけはらです」


 恋人関係になっても毎度律儀にそう告げて竹原は研究室へと入って来るのだが……今日は何だかおかしい。

 いつも以上にそわそわとしていて、落ち着かない様子なのが見ていて分かってしまう。


「……どうか、したのか?」


 思わずそう訊ねると、彼女は照れくさそうに笑う。そしてクルリと扉の方へと体を向けると、カチャリと鍵をかけた。

 何故、鍵を? 竹原は今まで一度だってそんなことをしたことはない。そればかりか、俺が鍵をかけるとキスをされるのだと察して途端に真っ赤になって慌て始める位なのに……。

 こんなのまるで……いや、都合よく考えるのはやめよう。


「先生、わたし……その、ええと、」


 こちらへ向き直った竹原は声を震わせながら必死に何かを伝えてくれようとしている。その姿がとても健気で庇護欲をそそられてしまう。


「焦るな、ゆっくりでいいぞ。俺はちゃんと竹原の話を聞くからな」


 頭を撫でてやりながらそう言うと、竹原はホッと安心した表情を浮かべる。



 椅子に座らせ、俺も隣に腰をかける。すると彼女は恐る恐るといった感じに口を開く。


「今日は……先生とキスをしに来ました」


 …………ん?


「その前に先生にお伝えしたいことがあります。それからキスをします」


 ん? んん?? 唐突過ぎるのだが、キスというのは口づけのキスだと考えていいんだろうか?

 竹原の顔は真っ赤で、目は今にも涙が溢れ落ちそうで……本気だということは窺い知れた。

 元よりそのつもりだが、これはじっくりと話を聞かねばならないな。

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