22.対面の疲労はこうやって解消

「ふしゅぅぅ……」


 自室のソファーで気が抜けたように寝っ転がった。


「今日も疲れたー……」


 私、頑張った。対面で沢山話して、とても頑張った。もう数日、人に合わなくても大丈夫なくらいには、対面した。


「ヒナ、よく頑張ったな」


 ソファーに寝っ転がっていると、黒猫のシオンさんが飛び乗ってきた。優しい声で私を褒めてくれて、それだけで胸がいっぱいになる。


「うぅ、シオンさん!」

「ぬっ!?」


 嬉しさのあまりにその体を抱きしめて、思いっきり頬ずりする。


「はぁぁ、この肌触り……気持ちいい。疲れが吹っ飛びますー」

「こ、こらこら。あんまり触らないでくれ!」

「ど、どうしてですか?」

「感覚が同調しているって言っただろう? こんな風にされると、自分の体が同じような目に合っている感覚になるんだ」

「そ、そうなんですか……。失礼しました」


 そういえば、そうだった。魔力で作った体だけど、感覚が同調出来るって言ってた。触った分だけ本物のシオンさんに影響がいってしまうから、あまり触らない方がいいだろう。


 触れないと思うと、途端に寂しくなる。人と対面するのは苦手だけど、一人が好きっていうわけでもない。触れないと分かると、温もりが欲しくなる。


 しょんぼりとしていると、シオンさんがため息を吐いた。すると、私の顔に近づき、頭を擦りつけてくる。


「そんな顔をするな。好きなだけ触れ、とは言えないが、それなりにだったら触ってもいいから」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。だけど、ちゃんと人間だと思って触ってくれ」

「はい!」


 シオンさんの許しを得た! 私は体を起き上がらせると、膝の上に乗った黒猫のシオンさんを撫でまわす。


「ふふっ、可愛い。癒されます」

「それは良かった。対面の疲れはとれたか?」

「そんな所まで気にしてくれるんですか? ありがとうございます。シオンさんのお陰で少し癒えました」

「なんだ、少しか。全部癒したかったんだがな」

「でも、動く力を手に入れました。これで、本格的に疲れを取ろうと思います!」


 シオンさんの癒しのお陰でようやく動ける!


「何をするんだ?」

「こういう時はやっぱりクラフト! 料理をしましょう!」

「おっ、いいな。それは私も嬉しい」

「シオンさんは何か食べたい物はありますか? どんなものでも作りますよ」


 シオンさんには沢山助けられた。だから、少しでも恩返しがしたい。


「そうだな……。ビーフシチューなんて作れるか?」

「もちろん、作れますよ。材料もちゃんと売ってましたし」

「おぉ、そうか! だったら、ぜひ作ってくれ!」

「はい、任せてください!」


 よし、シオンさんに喜んで貰うために、ビーフシチューを作るよ! ……でも、その前に買い物だぁ。


 ◇


「ようやく、作れますね!」

「私のために買い物を頑張ってくれてありがとう」

「いいえ、全然大丈夫です!」

「買い物中は震えていたのにな」

「うっ、それは言わないでください!」


 なんとか買い物を終えて、台所にやってきた。調理台に買った物を並べると、エプロンを装着して早速調理開始だ。


 にんじんを皮を剥いて乱切り、玉ねぎも皮を向いてくし切り、マッシュルームは半分に切る。


 ニンニクも皮を向いて、半分に切る。トマトはヘタを取って、小さなさいの目に切っておけば、野菜は完了だ。 


 牛肉、と言っても魔物の肉なんだけど、それを大きな角切りに切って、塩胡椒をして馴染ませておく。


「じゃあ、炒めていきますよ」


 大きな鍋を火にかけて、油を引く。その中に肉を入れて焼き色を付けていく。肉のいい匂いが漂ってきた。これだけでも美味しそうだけど、これからもっと美味しくなるから我慢だ。


「この中に切ったトマト、赤ワイン、調味料のスープの素、砂糖、ソースを入れてっと。煮詰めていきます」

「ほう……。それだけの味付けで、ビーフシチューが出来るのか」

「煮込んでいく工程でなっていきますよ。これからが楽しみです」


 それを煮込んでいる脇でフライパンを火にかける。油を引いてニンニクを炒める。いい匂いがしてきたら、残った野菜を全部入れて、さっと炒める。


 それが終わると、炒めた物を鍋に入れて、そこで一緒に煮込んでいく。


「あとはじっくり煮込んでいくだけですね」

「なんだ、あっさり終わったな。もっと、複雑なものだと思っていた」

「これだけの工程であんなに美味しい物が作れるんですから、調理でこんなに変わるのは凄いですよね。では、次はパンを作りましょう。シオンさんはフランスパンが食べたいっていってましたね」

「あぁ。でも、この異世界で再現出来るのか?」

「もちろんです。私にはスキルがありますからね」


 使った物を洗浄魔法で綺麗にすると、調理器具を召喚する。ボウルに小麦粉、召喚したドライイースト、水を入れて、混ぜこむ。


「一纏めしたら、少し休めます。ですが、ここで時間短縮のためにスキルを使います」

「ほう?」

「『調理時間加速』!」


 スキルを発動すると、混ぜた生地の時間だけが早く進む。


「よし、これで時間が進みました」

「な、時間を進めるスキルだと!? そんな高度な物が使えるのか!?」

「とっても便利なスキルなんです。なので、凝った料理をする時に重宝しますよ」

「そんな……簡単に……」


 シオンさんは高度とかいうけれど、私にとっては日常使いをしている普通のスキルだ。


「生地に塩を混ぜてこねます。良い感じにまとまったら、一次発酵ですね。でも、時間が掛かるので」

「さっきのスキルを使う訳か」

「はい! これで発酵時間をスキップ出来ます。『調理時間加速』!」


 また、スキルを使うと生地の時間が進んで行く。生地の発酵が進み、膨らんでくるのを確認すると、スキルを止めた。


 それから、小麦粉を撒いたまな板の上に生地を乗せ、ガス抜きをする。三つ折りにして畳むと、また休ませる。もちろん、ここでスキルを使って休ませる時間をスキップする。


 それが終わると、またガス抜きをしながら生地を細長く丸めておく。


「おっ、フランスパンの形になった」

「はい。これを天板に乗せて、二次発酵をします」

「時間がかかるものだな。ヒナのスキルがとても便利なスキルに見えてきた」

「はい、とても便利なんです。じゃあ、『調理時間加速』!」


 二次発酵を進めると、パンが膨らんできた。あっという間に発酵が終わるから、このスキルは重宝する。


「最後に切れ目を入れて、焼くだけですね」

「手間がかかっているが、スキルのお陰で早く終わったな。高度な技術をパン作りに使うとは……むむむっ」

「時間加速は料理にピッタリなスキルですよ」


 シオンさんは時間加速を料理に使うことに抵抗を覚えているようだけど、私は全然抵抗がない。というか、むしろ積極的に使うべきだ。


「発酵が終わりましたね。じゃあ、焼きましょう。スキルで新しい空間を作って、その中の温度を調節して、その中に天板を入れる。はい、あとは焼き上がりを待つだけですね」

「そんな高度な技術をほいほい使うなんて……」

「これも、美味しい料理を食べるためですよ」


 鍋の様子を見ながら、フランスパンが焼き上がるのを待つ。そして、十数分後――。


「出来ました!」


 私の前にはトロトロに煮込まれたビーフシチュー、カリカリに焼けたフランスパンが現れた。ビーフシチューを皿に盛り、フランスパンを厚めに切り分けて籠に盛る。


「シオンさん、出来ました」

「よし。じゃあ、転移だ」


 食事の準備が終わると、シオンさんの転移魔法で自室に戻ってきた。


「おぉ! 目の前にすると、凄く美味しそうだぞ! ヒナ、ありがとう!」

「ふふっ。お礼は食べてからにしてください」

「そうだな。では――」

「「いただきます」」


 声を合わせると、スプーンを手に取った。肉にスプーンを切ると、ホロリと崩れた。


「おぉ! 肉がこんなに柔らかく!」


 黒猫を通じて、シオンさんが喜ぶ声が聞こえてくる。二人でスプーンで肉をすくって、口の中に運んだ。


「――んんっ!? う、うまぁぁぁぁぁぁい!!!」


 黒猫から信じられないような声が聞こえた。目をまん丸にして、しっぽをブンブン振りまくる。


「な、なんだこれは!? 肉がとろける! 舌の上で溶けていくのに、ちゃんと肉の味が残っているっ! ソースのコクも深い! これは……これは芸術だぞ!!」

「え、えへへ……本当ですか?」


 あまりの勢いに、私はスプーンを持ったまま固まってしまった。普段は落ち着いているシオンさんが、まるで別人みたいにテンションが跳ね上がっている。


「トマトの酸味と、赤ワインの香りが絶妙だ! それに、この甘み……まさか、砂糖とソースのバランスをここまで整えているとは! おいしい! いや、絶品だ!!」

「わ、わぁ……! よかったぁぁ……!」


 胸の中でぱっと花が咲くように、喜びが広がっていく。頑張って作ってよかった。本当に、心からそう思った。


「この柔らかさ……簡単に作ったと思ったがここまで煮込みの深みを出せるとはな。ヒナ、お前……天才じゃないか?」

「えっ、そ、そんな! 天才だなんて!」

「いや、間違いなく天才料理人だ! 異世界に革命を起こすレベルだ!」

「か、革命は起こしませんよぉ……!」


 照れて手をぶんぶん振る私に、シオンさんはまだ目を輝かせている。シオンさんの勢いに釣られて、私もスプーンを口に運ぶ。


 トマトの優しい酸味と、魔物肉の旨味が溶け合って、舌にじんわりと広がる。思わず、私の口元にも笑みが浮かんだ。


「ふふっ……うん、美味しい」

「当たり前だ! こんなシチュー、どこの王宮の料理人でも作れまい!」


 そこまで言われると、ちょっと恥ずかしくて頬が熱くなる。でも、まだ終わりじゃない。


「じゃあ次はフランスパン、食べてみてください」

「おぉ、これも楽しみだ」


 私はパンを一枚取って、外側を軽く叩いてみせた。カリッ。いい音が鳴る。中はふんわりしていて、焼き加減は完璧。


「ぬおぉぉぉっ!? か、カリッとしているのに、中はもちもちだと!? な、なにこの香ばしさ! 小麦の香りが口の中でふくらむっ! ヒナっ、これは……これもまた……!」

「ま、また革命ですか?」

「そうだ!! 革命第二弾だ!!!」

「えへへっ、やりました!」


 私もパンをちぎって口に入れる。シチューのソースをたっぷり絡めると、さらに味が広がる。パンの甘みと、シチューの濃厚な旨味が溶け合って、頬がとろけそう。


「これ、最高の組み合わせですね!」

「まさしく! シチューとパンが互いを高め合っている! あぁ……この一皿で世界が平和になる……」

「ふふっ、そこまで言われると照れます」


 私が笑うと、シオンさんは尻尾をぴんと立てて言った。


「ヒナ、これは命の危険を感じる旨さだ……。毎日こんな料理を食べたら、私、幸福で消えてしまうかもしれん!」

「そんな風に言われたの、初めてです!」


 二人で笑いながら、スプーンを動かし続けた。皿の中身はどんどん減っていくけど、心はどんどん満たされていく。


 シオンさんの嬉しそうな声を聞きながら、私は心の中で小さく呟く。


 こんなに喜んでくれるなんて、思ってみなかった。誰かのために作る料理ってこんなにも楽しくて、美味しくて、嬉しいものなんだ。


 誰かと同じものを共有するだけでこんなに幸せな気分に浸れる。それは、とても衝撃的なことだった。


◇ ◇ ◇


いつもお読みいただきありがとうございます!

以前、中編で書いた作品をリメイクしました。

ぜひ、こちらも読んでくださると嬉しいです!


【新】この世に一人だけの錬金術師~物作り好きのゲーマーが家族のためにアイテム革命起こします!~

https://kakuyomu.jp/works/822139841433703673

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