23.ナイフの効果(三人称視点)

「サリサ、今日はヒナさんの商品の発売日よ。準備はいいかしら?」

「もちろん! いつでも大丈夫よ!」

「今日は私も補佐に入るから、二人でしっかり売り切るわよ」

「大丈夫だよ。絶対に今日一日で売り切れるって!」


 開店前の店内で、リネアとサリサが張り切っていた。


 無理もない。今日は、とうとうヒナが作った装飾品と新商品が店頭に並ぶ日なのだ。しかも、事前に告知用の張り紙を出しておいた。あれを見た人たちが、どれだけ期待してくれているか……想像するだけで胸が高鳴っていた。


「ね、リネアさん……」

「なぁに?」

「ヒナさんの商品って、どうしてあんなに人をわくわくさせるんだろう。並べるだけで、お店の空気が明るくなるっていうか」

「分かるわ。細かい所まで丁寧で、見ているだけで嬉しくなるのよね。……ふふっ、きっと今日もあれを目当てに沢山来るわよ」

「うんっ!」


 二人は並べた商品を見つめながら、期待に頬をほころばせた。整った陳列棚。きらりと光る装飾品とナイフたち。ヒナの手仕事は、どれも見れば分かる良いものだ。


 そして、開店時間になった。


「じゃあ……そろそろ、扉を開けましょうか」

「うん。よーし……!」


 サリサが深呼吸を一つ。それから、いつものように扉に手を掛け――。


「…………え?」

「……ちょ、ちょっと待って。これ、全員うちの店目当て?」


 扉の向こうには、道の先までずらりと続く長蛇の列。大人も子どもも入り混じり、それぞれに小袋や財布を手にしてわくわくした表情を浮かべている。


「すご……え、えぇぇ!? 思った以上に来てるんだけど!?」

「こ、これは……ヒナさん、すごすぎるわ……!」


 二人は顔を見合わせ、興奮と驚きで震えた。こんなこと初めてで動揺してしまった。


「はっ! しっかりしないと!」

「そ、そそそ、そうですね!」


 二人は自分の頬を軽く叩き、気合を入れ直した。


「皆様、お待たせいたしました。アウリィ商会、開店です!」


 リネアが張りのある声で宣言すると、店先にいたお客さんたちが「待ってた!」「ついにだ!」と歓声を上げた。サリサは急ぎ店内へ戻り、リネアは扉の前で一人ずつ丁寧にお迎えする。


 店内へ足を踏み入れたお客たちは、すぐに目当ての棚へまっしぐらに向かった。そして、店頭の一番目立つ場所に置かれた商品を見て、どよめきが広がる。


「おお……! これが噂の牙飾りとウサギの尻尾か!」

「一人一点まで……? ええ、もちろん一点ずつ買わせてもらうわ!」

「これを身につければ、明日からの仕事が楽になるって話だぞ!」


 手に取った瞬間に顔を輝かせる者。飾りを光にかざして質感を確かめる者。友人同士で「本当にあった!」と興奮している者。


 店内は熱気に満ち、次々と商品が売れていった。


「はいはい! 落ち着いて順番にお願いしますね! 今日の分はしっかり用意してますから、大丈夫ですよ!」


 サリサは慌てる客をなだめつつ、手早く商品の説明を加えていく。


 すると、そんな賑わいの中、一組の親子がそっと棚の端に置かれた新商品を手に取った。


 小ぶりな、しかし丁寧に研がれたナイフだ。


「お母さん、これ……すごく軽いよ」

「ええ。刃も丈夫そうね。……あら、書いてあるわ。使用者の保護?」


 母親がタグの文字を読み上げると、サリサがすかさず説明のために声を掛けた。


「そちらは、今回から出した新商品です。ナイフを使う時に自分が傷つかないように気を付けますよね? ですが、この能力付与のお陰で、どんなことがあっても使用者は傷つきません」

「使用者が傷つかない?」

「はい。怪我につながるような動きを察知すると、刃が切れなくなります。子どもが作業をする場合でも、事故をかなり防げるはずです」


 母親はナイフを見つめ、子どもの頭に手を置いた。


「……それなら安心して持たせられるわね」

「うん! ぼく、これがいい!」

「じゃあ、いただくわ。これと、さっきの尻尾も一つ追加で」


「ありがとうございます!」


 サリサは嬉しそうに微笑み、丁寧に会計へ誘導する。


 その横で、また別のお客が新商品を手に取り始め、店内の熱はさらに高まっていった。


 ◇


「お母さん! さっきのナイフ使ってみたい!」

「あら、いいわよ。だったら、にんじんでも切ってもらおうかしら」


 家に帰ってきた親子は早速ナイフを使ってみることにした。台所に立ち、母親はにんじんとナイフを手に持つ。


「まずはにんじんの皮むきね。にんじんの方を回すように動かしていくのよ。固いから、力を入れてむくのよ」

「うん、分かった!」


 母親はお手本を見せると、ナイフとにんじんを子供に持たせた。子供は見よう見まねでにんじんにナイフの刃を当てて、にんじんの皮を向き始める。


 だが、ナイフがスッと入って、刃が子供の手に当たった。


「あっ! だ、大丈夫!?」

「……びっくりした。でも、大丈夫みたい」

「ほ、本当ね……。付与された使用者の保護が役に立ったみたいね。良かったわ」


 付与された使用者の保護のお陰で子供は怪我を免れた。その事に二人はホッとして、再びにんじんの皮を向き始める。


 すると、にんじんは固いのにするすると皮がむけていく。


「わぁ、面白い! 簡単にむける! 全然固くないよ!」

「えっ……? そ、そんなはずは……。ちょっと貸して」


 子供の手でこんなに簡単ににんじんの皮がむけるのだろうか? 不思議に思った母親は子供からにんじんとナイフを受け取ると、自分も同じように皮をむいた。


 その瞬間――。


「……え? えっ? ちょ、ちょっと待って?」


 母親はにんじんの皮が、まるでバターでも撫でたみたいに、つるんっ……! と剥けていくのを目の当たりにして固まった。


「な、なんで!? わ、私ほとんど力入れてないわよ!? え? にんじんが柔らかくなったの? それとも私が今日だけ怪力主婦なの!?」


 思わず叫びながら、母親は自分の握力を確認するようににんじんをぎゅっと握ってみる。


「……うん、握りは最高の心地よね!? なにこれ!? え、怖い怖い怖い怖い!」


 にんじんの皮は、母親が動かすたびに、するるるる……っ と勝手に剥がれていく。そして、あっというまに皮をむき終えたにんじんが出来上がった。


「嘘……。普通のナイフだと思って買ったのに……こ、こんなことって!」


 母親は信じられないといった顔をして、口元に手を当ててわなわなと震えた。そして、勢いよく顔を上げた。


「このナイフ、私も欲しいわ! 今から、また買いに行くわよ!」

「えっ!? もう一つ買うの!?」

「これがあれば、どんなものも簡単に切ることが出来る。家事の時間が減るわ! こんな凄いナイフを買わないのは、主婦失格よ!」


 母親は財布と鞄を手に取ると、子供の手を引いて、アウリィ商会に向かった。


 ◇


 親子が大急ぎでアウリィ商会に行き、店内に入った。


「「えっ!?」」


 店内に足を踏み入れた瞬間、親子は目を丸くした。まるで朝の開店直後以上の混雑だ。人、人、人。売り場の前にはぎゅうぎゅうに人が押し寄せ、興奮した声が飛び交っている。


「おい、聞いたか!? あのナイフ、固いカボチャがスパーンだったんだぞ!」

「うちなんて、大根がするっよ!? するっ! 料理人の私が震えたわ!」

「これもう、魔道具レベルじゃないか!? 同じの、もう一本欲しい!」


 誰もが口々にナイフの凄さを語り、興奮で顔が赤くなっている。その様子に親子は互いに顔を見合わせた。


「……あれ? みんな同じ理由?」

「お、同じこと考えてるみたい……」


 まさに、同じ現象を体験した人々が、もう一本、あるいは家族の分、知り合いの分を求めて押し寄せていたのだ。


 カウンターの向こうでは、サリサが半泣きの笑顔で対応していた。


「は、はいっ! 分かります! とても良いナイフですよね! ありがとうございます! でも……!」


 サリサは深呼吸し、周囲をぐるりと見渡す。


「……大変申し訳ありません! 本日のナイフは――完売いたしました!!」


 その瞬間。


「「「えええええええええええええ!?」」」


 店内が一体になって絶叫した。頭を抱える者、膝から崩れ落ちる者、天を仰いで「神よ……!」と言う者まで現れるカオスっぷりである。


「嘘でしょ!? だって、さっき売られたばかりなのに!」

「もう一つ欲しかったのにぃぃぃ!」

「次の入荷はいつだー!?」

「すいません! 次の入荷は未定になっております! 職人さん次第になっておりますー!」


 サリサが声を張り上げると、騒がしかった店内が少しずつ静かになっていく。


「こんな凄い物をどんな人が作ったんだ……」

「これを作った人の名前を教えてくれー!」

「誰が作ってくれたんだ!?」


 みんな、この凄いアイテムを作った職人のことが気になった。誰もが知りたいと目を輝かせていると、サリサは口を開く。


「これを作った人はヒナさんっていう人です。とにかく、凄い技術を持った人なんですよ。この人に任せておけば、きっと物凄い物を作ってくれるに違いありません!」


 サリサがヒナのことを持ち上げつつ、そう言うと――。


「ヒナさん、ありがとう……! あなたのおかげで今日、カボチャが簡単に切れたんだ!」

「大根がするっっていった時、涙が出たわ……! 本当に助かったの!」

「料理人の誇りがよみがえったぞ! こんな切れ味のナイフ、初めてだ!」


 お客たちは口々にヒナの名前を呼び、感謝を語り合う。中には胸に手を当て、祈るようなポーズまでしている人もいた。


「ヒナ様……ありがとうございます……!」

「次の入荷も……ずっと楽しみにしてます……!」

「ヒナさんに会いたい……サインとか……いや、サインはなくてもいい! せめてお礼だけでも!」


 興奮した客が何人もカウンターに詰め寄り、サリサに身を乗り出した。


「ヒナさんは、店にいつ来るんだ!? 会えるのか!?」

「ヒナさんに、これだけの感謝を伝えたいんだよ!」

「すごい技術を持つ人だって分かった……直接言いたいんだ!」


 サリサはその熱気に押され、思わず一歩下がりながらも、誇らしげに笑った。


「ヒナさんは……とっても忙しい方なんです。でも、必ずまた新しい商品を届けてくれます。だから、大きな声で言ってあげてください。ヒナさん、聞こえてますから!」


 その言葉が終わるや否や――


「ヒナーーーッ!! ありがとうーーーーッ!!」

「ヒナさぁぁぁぁん! あなた天才よーーー!!」

「ヒナー! 俺は一生ついていくからなーーッ!!」


 店中が揺れんばかりの大歓声。ヒナの名が、アウリィ商会の天井にまで響き渡る。


 こうして、ヒナの名前は着実に王都に広まっていくのだった。

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