あの頃とは違う

白川津 中々

◾️

 自分が最低だとは分かっている。


 朝起きて、リビングへ降りると朝食の用意がされている。青魚にきんぴらにひじき。油揚げとにんじんの味噌汁。彩鮮やかな純和風の食卓。本来なら食欲そそられる豊かな献立なのだが、私にはゴミのように見えてしまう。


「おはよう」


 ワイシャツの下にエプロンを付けた夫が私の茶碗を持ってやってきた。禿げ散らかした頭と、狸のように出た腹を恥ずかしげもなく晒し、ほうれい線がくっきり刻まれた顔で笑顔を作りながら。


「ありがとう」


 その言葉に心は篭らない。精一杯の演技で微笑む。これだけで酷く疲れ、うんざりとした気持ちのままダイニングチェアに座ると食卓はまるで灰色で、もう食べられる気がしない。

 こうなってしまうのは全て私に原因がある。私は、歳を取った夫を愛せないばかりか嫌悪さえ覚え、その醜い容貌にどうしても忌避感を抑えられない。これがどれだけ俗悪であり社会的に許されない価値観であるのか自分だって理解している。けれど気持ちは、感情は、どうしようもない。私自身夫を愛したいのに、優しくて良くしてくれる彼を愛せない。細身で髪もあって、薄い顔立ちが素敵だったあの頃とはもう、全てが違うのだから……


「お弁当は包んどいたから。じゃあ、先に仕事行くね。帰ってきたら洗うから食器はシンクに置いておいて」


「うん、ありがとう」


 食卓から夫を見送る。

 バタン、ガチャリと、出ていく音が聞こえた。私は立ち上がり、新聞紙とビニール袋を用意して、朝食とお弁当の中身を捨てる。


「どうして別れないんだろう」


 その自問に、答える事ができない。

 ぐちゃぐちゃに混ざったおかずを覗くと、罪悪感と快哉が同時に訪れる。


 自分が最低だとは分かっている。


 だから。


 最低な私は、醜い夫を愛せない。

 

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