PART2 その3


 大ウソつき?いや、今の私からすればそんなことは思うことはない。確かにこの年の7月24日、サラザールは緩やかに死ぬからである それよりも、私はサラザールに会いたいという妄想を伝えたのは、文通相手だけであり(もちろんこの時私はその正体を知らなかったし、だれも知らず野放しにされていた。)半月前にはビルマの奥地にいるから舞踏会に参加は出来そうにないとだけ送ってきた相手であるから、この仮面の主は文通相手ではなく、私の心を盗み見た相手であるとわかった。

 だから、この仮面の主に尊敬の念を抱きながらもそれは、警察がルパンに対して思うような闘争心の類であった「すぐ衛兵を読んでも構いません、ですがその前に名を名乗るのが正しいのではないですか?」 仮面の主は思えば今まで感情の抑揚がなかった気がするような、だが今思えばやはり彼も興が乗っていたのだろう、より動作はおおげさにした敵役の機械のように、そうした大人物にしては珍しいため息をついて言う。

「えぇ、私は盗み見る趣味はございません。ただ、今回いつも手紙を届け人と人の橋渡しをするその人が病欠のために私が代わりにあなたの文通相手からのメッセージを伝えに来ただけですよ。」私が何か言おうとする前に彼は手を押し出し、私の口を閉じさせる。

「お静かに、まだ劇は続いています。では、名乗りましょう このイオラニ島にやってくるまで私は考えていました。 なぜローゼンクランツとギルデンスターンは死んだのかについて、いややはり劇は何事も唐突だから、それなら納得!私たちの血も唐突にどかーん!と奪われていってしまうもの、すべては流水のよう、流れる血は洗っても落とせぬもの… 残念、私はスコットランド演劇については詳しくともイングランドについてはこれ以上知りません。名前は依狭・フムエトライトオ出流、二ホン人なのに不思議な名前?それはそう天使なのだから」

 私はこの男に三度呆気にとられることになった一度目は声をかけられた時、二度目がサラザールの死を告げられた時、三度目がこうして男の正体が分かり挙句の果てにその大事な仮面が剥がれた時、仮面通りの伽藍洞な男の姿が明らかになり、やはりその声には似合わないだろうと思ったが、目の奥に何の光も宿していない人間を考えることなんて無駄だから。

 私はただ、これ以上ここに留まることで怪しまれぬように 一言 了承の意味も込めて

「踊りましょう」そう付け加えた。

 母はその舞踏会の夜、突然死んだ。


「あなたは見ましたか?」そう言って、力尽きて、リウマチの病にカラダをすっかり痛めて 職も通らずやせ細っていったことに 私は気づいたのにそうはまだならないとたかを括っていた。

 母は灰にはならない思い込み 言葉自在にして国民的詩人のよう語気を強く 静けさを操り 戦中のひとびとを恐怖から屹立させて その手は今日 国民党幹部との笑顔の写真が撮られて 見つめる目は昼に送られて来た文書へのサイン 夜までには私と語らっていた。

 相も変わらず互いに夢を語れていた…この城から小さく点々と光が見えている まんじりとした空気が漂い 色褪せた静かの海に陽が沈み この窓辺こそ終わりと呼べる場所 そう思えるほどふさわしい最期の地であったのに 私は気づけなかったから母の傍で沈黙するしかなかった 死ねば人は不可侵であり、それは妄想の中でしか非難は許されないから 私は今一度夢の中で あの時へと戻っていた

 寂静のなかにひとつ 漢人の照らすサトウキビ畑が見える 私があそこへ行けたら 思うなかで島の風とともに聞こえるものが一つあった 母は歌っていた 聖歌でなければ 国歌のたぐいでもない

 ただの 懐かしんで歌ってた

 私はその時ばかり窓辺の魅力の支配から逃れて 歌い終わるまで唄声を見つめていた

 そういえば母が死ぬ前に私は不可侵へと入り込んでいた 「なぜ歌うんですか?歳をとったから?それとも気分がいいから?」 誰かになぜ歌うのかと聞かれたとき、私はその時はただ嫌なことがあったから、なんでもないと答えていたのを思い出していた。

「気分がいい 歳をとったから どうなのかしらね?どれも当たっているようで違う気がする 思い出したからが正しい気がするの。」「思い出した?」

 母がもう一度歌うのに併せて 私も同じ歌を歌っていた 何ともない童謡を

「シャボン玉とんだ やねまで飛んだ…」母と私は歌っていた。

「私が生まれた時につくられた曲でね、だから子供のころからずっと聴いてたわ

 物悲しい、こんな思いをしなきゃいけないほどに私は恋焦がれてたなんて そう気づくと ずっとこの悲しみが終わるまで 私は歌っていたの そう いつ終わるのかしら?いつ人は心をかき乱されるうわべ事に解放されるんだろうって」私は当時気づけなかったから押し黙るが今ならなんと言うのだろうか 私の思考を端にして母の言葉は続いていく

「ねぇあなたが私のことを嫌いなように 私も母が嫌いだったの でもね、いいと思うの 女の子はそうでなきゃ。

 だから身じろぎせず今こうしているのはね あの時嫌で戦中すぐに世界中へ飛び出していったわ。 そこから10年は長かったわ。 あの人と結婚してあなたが産まれて もう10年したらこうしてあなたと今二人きり なんか全部計画通りになってしまうのね」 計画通り?今と当時の私の二人の声が重なる 「あらごめんなさい、歳をとると歌い出すだけじゃなくてすぐ人を惑わせるようになってしまうわね あなたの初恋の人の話よ 私はその人と話した後すぐ父さんと結婚したからその後会ったことはないんだけれどね

 あなたは何度かその人と会ったことがあるみたい あの人は全部計画立ててしまうのよ 上手くいった試しなんてないのにねえ」 

 当時の私は計画通りの人生という言葉に恐怖を覚えて、その時「お休みなさい」と告げて宮殿の私の部屋へと隠れるようにして戻り、星を数えていた。

 明日まで、この星がすべて沈めば、私は仮面の天使と共に初恋の人に会えるのだ。

 だからその夜すぐ、母の容態が悪くなるだなんて思わなかったから、今こうして前日踊った男に手を引かれて歩くのは違和感がある。

 ここにいていいのか自分は もっと母のために何かできたのではないか、と。

 しかし、時間の流れは決まっていて 鐘の音が静かとなったから



 私はこの夢の世界の最初の方へと戻った。

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