PART2 1970年作『二人の天使』その1



私は今どこにいるのだろう 映画監督であったなら 

「カット」 「ズームバック」 「アクション」

三つの言葉で 写したくないものを写さず取れるのに だからこの場合 見たくない過去を見てるのだから観客なのだろうか?

8年前の私、10歳の頃の記憶、風船を握るようなその歳の少女には危険すぎる目つきが冷淡な男の手が手に覆いかぶさっていて、逃げることはできない。

「なんでわざわざ」そう呟いたのは10歳の私

「死んだんだろう、ですか。」私の呟きに覆いかぶさるようにいったのはその男


人間の顔をしていない。それが私のその詩人にたいしての当時の評価だった。つい先日ばかり、その詩人が亡くなったその記事を見て 皇帝を誑かした色狂いの怪僧のように遺体は川、セーヌ川で見つかったという。

時計を引き出しに、息子と約束した演劇の上演を前にして、それほどまでにその時に死なないといけなかったんだろうかと私は坂で息が詰まりながらも空を仰いで言葉を考えた。

子どもだから、そう逃げる可愛げが私には遠いものであってほしいと願ったからそう考える羽目になったのだが、男が代わりに大人として言葉を紡いだ

「死はそんなにあなたにとって近しいものではないはずですよ」

死については天上よりも遠いことは太陽の視線を見て気づくことではなく、しかし見えない月のように近い死、このハワイ最奥の島 空中に見えるあの要衝イオラニ島では、私の幼いまだ吐き気を催す痛みと左手の重みの原因が、太陽のおぼろげに重なり、そもそもすべてあそこにあることのせいであると気づく。

すべてが偶然出会ったとしても、それは気が遠くなるような空想 いやみなものだ

この世は介入できない過去によって出来ている。

唯一介入されたのならそれは1812年天使13人がこの世界に降り立ったことだけ

だから母の死には誰も介入することのできない 事実としてイオラニ島に母の遺体があるからだ。

各地を転々としながら、ある時は月へ ある時は北極海へ いろいろな極地へと信じた人々のために動いた母は さいごの時あの島で 朝は庭園でのお話に 夜は星空を見ることに ゆっくりと時間を使い死んでいった。

四十七の人生にしてはあまりにも大きな旅であり、大好きな旅と大好きな人助けな母親は夢中になっていた。 子供である私を置いていってしまうほどに。

旅と人助けの中途、休み期間で私を産んだ。母は私を忘れていったのだから、私も葬式ぐらいから抜け出してもいいだろうと思うのが10歳の私の、好奇心だった さあて嫌いだったのは人間の顔をしてないその詩人?子供を忘れ旅に出た人の親?つまらない演劇?祖母の収集物であろうか?それとも私自身か?それとも、 それともあぁ!うるさい鐘の音!どうしてあんなにもうるさく騒ぐのだ。

天上に住みたい そこには音がないと聴く それでもあるならば

月の砂時計のおちるやさしい音にころされたい

ころされたい、だなんてそんなことを大人に言うといつも勘違いする 私は皇帝を殺した爆弾に憧れちゃいけないんだろうか? 葬式ごっこはもう済ませたのだから 当主となる私の行く先がちぢれ赤毛の女の子をはべらすアヘン窟の館となっても怒る方法は敵対者の言語として私を吊るし上げる簡単な方法があるのだからちょっと望んでる死に方なのはもちろん内緒だ 遺言執行人ではなく頭一面にひろがるふけのために人が橋上から飛び降りること!それにこそ人生があるではないか!

でもそうしたセンチメンタルな気分に浸ったロマンチズムは過去からやってきた音に敗北する。 いえば歴史には二度目がある!

だからわたしは母の預言がこわい

「あなたは見ましたか?」 母の死に際の一言が線となって、左を重くさせるのだ。

死に際の対面、呼びかける母は私の頬にやさしく触れた 涙のつたう私はまだいかないでと泣くばかりで、もうわかってしまうから辛いことだったのに 母はそう言いのけた

「あなたはみましたか?」 何を他に見る必要がある? 私はあなたの死を見てるのに!悲しみで裂けそうなカラダが! 胸の張りがまだ子供であるから耐えられないと言うのに 喉を伝えるほどではなく 沈黙を守ったのに 私は何も見てないのに 私は知らないのに 愚かで答えないで理解されないで それでいいと この悲しみを抱えて死のうと思うのに!

男の行進は 空を仰ぐ幼年の戸惑いに逆らって、陽の光が強く刺激されるその長い歩きが、引き戻すことと母について深く考え込むことを繰り返させた。

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