PART1 その6(終)
炎は輝いていた、青い炎には人への憎しみが込められていた。
私は彼女について何が知りたかったのだろう?もう思い出せないことについて?しかしもう絵画は照らされていないから分かることはないんだ。見えるのは委ねてはいけない感情と焦り、原因不明の帰結という症例だけであった。
何かもう少しで思い出せそうなのに、ただもう思い出せないことに焦らされることから 解放をされるべく思考を さらに一回転させて聞くことにした 「彼女の、名前は?」
「名前を聞かれたとき彼女は、イオラニと返していました。暑いのですか?」
私の眉毛を伝って一つ二つと、鼻先を通って汗が落ちる。シャボン玉はどこにも見えない、私の心は、そういうものなんだと思うことで耐えることにしていた。
「えぇ、とても暑いです。少し涼しいところへ行きますね」
そうにこやかに言って、奥へと進んでいく。奥、講壇の後ろにも少女イオラニが描いたであろう絵画がある。とはいえもう、話すことはないだろう、過ぎたことなのだ。私もまた詩人のようにこの嵐の日に、シャボン玉について考えることはよそうとそう思うのだ。
スイス人と運転手はまだ話していた。
「いやあ、ハイデガーにも見せてあげたかった、予想外でしたがいいものが見れましたね。」
「彼は三年前に死んだでしょう?それならケストナーにも見せてやりたかった。彼も天使のことが好きだったんですから。」
...ハイデガー? 瞬間 世界は回転した 一回転 二回転 三回転 三回転、半になって、リボルバーはカチリと音が鳴る。
ユダヤ人、何故神父が握手を否定したことを印象に残したのだろう、ユダヤ人、そう
ハイデガーにはユダヤ人の友人がいたはずだ。ハイデガーはその握手をその友人に求められたとき握手を拒否した。虐殺について問われたとき、笑顔で何も答えなかった。
リバルバーの撃鉄を落とせ、ハイデガーの死んだ日か? いやそれは三年前のコトだ。
三年前に関してはツマラナクも覚えてる。ではその友人についてだ。
その友人が死んだ日、なにがあったのか?いや違う、その少し後、新聞で読んだんだ。
ゴドーを待ちながらの公演を前にして時計を置いて自殺した、とそれから少し後の日...
記憶と記憶がぶつかり渦をつくった 誰がその渦は存在しないといっても、回りつづける 誰も気づかないその正体に。私はその床に広がった油だまりに気づけない。
私はもう一度絵画を照らすべく、引き返そうとしたが、足を滑らした。
「あ!あ!」雑巾を手に持つシスターがやってしまったと言わんばかりの声に皆釘付けになった。
彼女の零した油によって私は足を滑らせて、ちょうどコメディアンが記憶を喪うぐらいの大袈裟な転び方をしでかした。
そんな不幸な出来事によって、運よく私の頭は渦の中へと入っていくことになった。
大丈夫ですか?と声がした、それがいつのことだからもう覚えておらず、ついシャボン玉が飛んでいったのだと思い私が泣いたときのことを思い出した。
何処までも飛んでゆけ、もう二度と忘れることのないように、深く深く記憶の奥底へ
シャボン玉を追いかけて私は渦の中へと入り込んだ。
大丈夫ですかといった声の主が、私の手を握る冷たい手とリンクした瞬間であった。
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