PART1 その4


その後誰も口を開かず、油の注がれる音と、窓を叩く音ばかりが聞こえるようになった後、スイス人はなにが分かったのか喋り始めていたが、その時の神父の不敵な笑みが静かに輝く燭台が何度も揺れることで忘れそうになるのを私は気にしていた。

「テルリヤくん、簡単な話だ。君は題名は読めるかい?日本語。ソーニャ女史は読めるが、きみには読めるわけがないよね、うん私たちには『ナンバーズ27』とでも言うべきタイトルかな?

フランスになんで日本人が来たのか?それともジャポニズムが?どれもやはり教会には似つかわしくない。 簡単な話だ、天使自身がここで書いたんだ。」

「はあ、天使が?よくわかりましたね」

「思い当たることは多い、なにより思い当たる作品が多い、ネヴィンソンやよくある現実をいくつものイメージやレイヤーを重ねていくことでまるで現実ではないような世界を重ねていくのはダリのやり方だろ?そのダリが好きなフェルメール、だがここはカンディンスキーその表現のオマージュもこの絵画には点在している。つまり、良くお勉強してきた人の絵なわけだ。

勿論僕らはこれを無名の画家、オマージュが多く何よりその場にいないもの、観たこともないものを今ここに降ろせるそれに加えてよくお勉強をこなして来て、えらくもそれを自らの絵に落とし込める技術、すばらしい油彩画だが、うん そんな人物だからこそ いやそういった最も議論されるべき、最も権威的であり、最も世界を動かし、最も称賛され、最も憎まれた舞台役者の一人のことなのは明らかでしょう。 まあ彼女の作品を見るのはこれで三件目ですから気づいただけですが。」

スイス人が口を閉ざしたのは、異郷の普遍神を奉る男が近づいてきたからだった。

「おっと、話をさえぎってしまいましたかね。皆様方が熱心に話されていますので、話せることだったら話そうと思いましてね。」

スイス人の妄想よりは聞きごたえがありそうだと、タクシー運転手は思い「どうぞ話してください」と言う

「みなさま、この絵画は『第27番目の天使』と題されたものです、ある被災者が、この教会の再建の際、寄贈してくれたものなのです。彼女はその後ここから去りましたが」

「被災、というのはやはり第二次世界大戦のことで?」

神父はうなずいた。「戦争が始まる前にはここには修道院が付属していて、私は助祭だけではなく若者の一人の兵士として戦争に参加しました。例えばそこの女性やシスター以外は子供の頃とはいえ覚えてるでしょう?大きな大災禍のたぐい。そう、30年前のことですから色々変わるには変わり過ぎましたがね。」

「神父さんとしてはそうは言いましょうがね、やはりこういういい絵を見ると戦争ってそこまで悪い気がしなくなってくるものですよ、ドイツ人じゃなくなったし、ダンツィヒの名前はポーランド風に変わりましたし、私の家族はデンマークに住んで親戚はバラバラになってますが、それでも自由とはそういうものなんじゃないかと。

ワンダーフォーゲルでもここまでの体験はさせてくれなかったんじゃないかなぁ」

「えぇ、それでも多くのドイツ人は欧州を離れて未だに抵抗している。災禍の原因は天使だけではなくイギリス人含め多くの欧州の暗やみに慣れてしまった人間全員に言えてしまいます、これは私が時代人なのもあると思いますがね。で、テルリヤ。君の難儀な性格はようく分かった。前時代的なヴァルトブルクのセダンなんかに乗るからですよ、やめて2CVにするべきではございませんか?」

「十分ですよ だいいちに私は運転手、ハンドルとエンジン音にドイツがなければそれはダメなんですよ。」「残念です、フランス人のナショナリズムに故国喪失者であるあなたは感動すると思ったんですがね」「で!す!か!ら! シュヴァルとかブルトンとかゴダールとか!フランス人のユーモアが嫌いなんです!」 

そういえば運転手はこの仕事を再来年には辞めて船乗りになって上海へ行きたいと言っていたことを思い出しながらも、まだ私は焦っていた。

なぜ、あの絵を残酷に感じるのだろう、なぜあんな残酷な絵が私の心を打つのだろう。

そう思っていると、神父は話しかけてくる。

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