PART1 その2

 途中、リスボンからの送迎者がオストプロイセン出身であることを聞いたとき、思わず『あなたの国はどこなんですか?』と聞いた。

 彼はどういう質問なのか分からなかったようで、不思議そうに考えた後、スイス人の特派員がこう代わりに咳払いが調子の読めない学問書のように彼は答えた。

「ドイツ国が地図から消滅しましたよね?そこの運転手 テルリヤ氏が何者かとソーニャ女史は問われてるわけですが これはドイツが消滅したこと ひいて私たちがソーニャ女史に欧州の現状を見て貰いたいということと関係してます。」 あなたって人は答えをすぐ求めますが世の中はそういう風に出来ていてはなく、というモノごとの前段階のようなものだ。

「ドイツはけっして敗戦によってその地図から消えたわけではございません、または他国の陰謀や侵略、少なくとも主権者による都合ではございませんでした ええ私の解釈でしょうけども 簡単です、本当ならばこの先ずっとおく シベリア鉄道会社までいってもらいたかったのですよ、天使が静観する国家と企業の冷戦状態、あなたにはお忍びでも知ってもらう必要があった ポーランド人たちも運転手の彼も、存在しないドイツ人以上に知ってほしかったですね あぁ質問の答え?彼は現在そういう意味で現在ポーランド人です   

 うん、彼の国籍上の話ですがね。」

 このスイス人はとんでもなくエスノセントリズムな上に男だ、自分たちで国を崩壊させたドイツ人たちのことを馬鹿にし各国の警察に追い回されるような活動をした末に、直前はある文学者の秘書をしていたらしく、折り合いが合わなかったのかその秘書をやめてここ数年は私たちの特派員として活動している。

 ポーランド人については少しばかり私も知っているつもりだ、と言おうと思ったが頭に浮かんだのがマゾッホの小説であったので少しにこやかに、そうかもしれませんね。とだけ答えた だが私がしゃべらなくともここは1対1の空間ではない そう、運転手の存在だ。そんなことで私が後部座席でニヤツイてるとは思うまい 私とスイス人の間で運転しているこの運転手は程よいお調子者で、ある意味中流階級の多いドイツ出身らしい男(だが、東の方らしくはない男)だから単にこういった。 

「いや、あんたらの話は難しくてよく分からないが。」この男はそれが口癖で私とスイス人の間に入り、時たまするどいことを言う。力強いユングの母親のような人を見つければ子供にとって良い父親になれそうな男ではあった。ただ、何事にも口を挟もうとするのが良くない処だ 「ドイツ帝国は消滅したっていうけど、ぼくたちはドイツ語を喋ってるよな?結局国家が消滅しようがぼくたちがいればドイツ人は続いていくもんだろ?あんたらに分かってもらう必要はなくともぼくはグダニスク出身のプロテスタント、それだけでいいのさ。」 その後、スイス人と運転手の小競り合いの論のぶつけ合いが始まったから私はいつものことに飽きて二ホン製のコンパクトカセットでアマチュア歌手の弾き語りをモノラルのイヤホンで曇り空を窓越しから眺め聴いていた。

 民族のために用意された歌、子供のための歌謡、放浪者たちのフォークソング、誰かのために歌うこの曲たちは、『あなた』への呼びかけをしていた。

 だが、私にはこの「あなた」が分からない。私の横にいてほしいこの「あなた」という存在はなにものなのだろうか? だからきっと多くの人が企業ではなくあえて国家と共に生きたいと願うように人々に聞けばわかると思ったのだが、多くの人は市井の人で別に企業でも国家でも関係のない人ばかりであった。 

 私は今のところ絶望していた。どんどん。どんどん。焦りが強くなり、何か思い出せなくなってしまうことへの恐怖ばかり郷愁として強くなっていく そんないつネジが弾けとんでもおかしくない18の年ごろであった 予定調和の大きな窓と小さなドアのある古い暖炉が暖かい世界のうちに終わってしまう私はそうではない未来に何か答えをもとめ そうであったころの過去をひきづってもいた 本当は人間に変わってもらうことの方がすぐのことが多いのだけれど、いつ私は変わらぬことは叶わぬ恋だと気づけるのかなと窓の曇りガラスで指でぐるりと回して円を作った スイス人の話も尽きたころに突如止まった、水色のセダンが嵐の中で動かなくなったのだ 翠の大海が巨人族の苔のような色に変貌したのを渋滞を避けるため、黒い森に飽きたからと私の一言のために、パリではなくノルマンディー沿岸の崖の近くを通ろうとして整備されていないその道路に足を取られたためだ 「どれくらいの時間がかかりそうなんです?」 スイス人の質問が雨によってかき消されるので二回三回と同じ質問を声を段々と大きくしていくうちに、風から帽子を押さえるのもつらそうな表情で運転手は ぶつくさと文句を垂れていた。 私は周りの雰囲気に諦めていたので、ここの近くに教会があることを先ほど車内の地図で発見していたことを告げた。 

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