PART1 1945年作『第27番目の天使』 その1

 この旅の景色はいくつも振り返ればある、最初はリスボンの港町。

 紫色のこの港町は欧州の玄関口として機能していて、現在の欧州を知りたければこのリスボンへとやってくればいい 経済統制はサラザールの死後から上手くいってないようで、物価の乱高下こそみられるが、主要国の支援と自由の風が吹くことからそこまで住民たちに苦しさは見えない 私の胡乱な知識だとここは震災の後大きくなった都市 だからここにはそうなるべくしてそうなったのだという未然の帰結がある 津波は巨大な力を持ちながらもそれに対する私たちの対処療法なんて今もなく ましてや当時にもあるわけもなく、その痛みを抱えて現代までこの国は共和国と王国を行ったり来たりしていた。

 欧州の立派な主権主義者たちはいつもこのリスボンに答えを求めてやってきていたが、この色彩が独特にやられて熱病に浮かされてこういう、『人間がいなければ問題などない』 もしくは 『私とあなたしかここには存在しない』と。答えを出すものもいた 私の答えは何も出ない 少なくと近代の始まりには答えはでなかった

『あなたの国はあなたのものでしかない』、誰の言葉だったか? 少なくとも私の言葉ではなかったはずだ。 

 ノーベル文学賞を受賞した文明批評家の言葉だった気がする 文明批評家、もとい歴史家の擬いモノはつねにドイツへゆめを見る 彼らの足取りを追うわけではないがもうそこにはないドイツ、南ドイツバイエルン州の列ねる青い山の峰々とその農地のその先、金に輝くガリツィア以東の農地 フランス人がサドを産んでしまったなら、国民的作家であるマゾッホはある意味その金の大地の未然の帰結として現れた。

 マゾッホについて話すことはもちろん後年に生まれたマゾヒズムについてのほうが 大々的に話されるそんな時代だし、いまさらマゾッホを読んでそんな被虐心が満たされようだなんて思わないから、マゾッホの国は結局どこなのだろうかと行くときずっと考えていた 情勢が厳しく私たちはオーバーアマガウにていくつかの現地人や文化人たちと話し込んだあと、あのシュバルツワルトのまた青に黒を厚塗りし台無しにしたその大地へと引き返すことにした。

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