第21話 四大国
「みなさん、食べ終わりました? じゃあ私、食器を下げてきます!」
レンたちは一斉に‟乗り切った”という顔を出しそうになり、必死に笑顔へと戻す。
「うん、ありがとうアイリス。すごく……すごく美味しかったよ」
「ま、まぁ……うん。心が温まる味だった」
「アイリスちゃん、本当に……お気遣いありがとうございます」
「オ、オイシカッタヨ」
4人の声が微妙に震えているのを、アイリスは当然まったく気づかない。
「よかったです! また作りますね!」
そう言って嬉しそうに台所へと消えていった。
扉が閉まった瞬間4人は悶えだした。
「う、ぐっうう……!」
「お、お腹が……っ」
「セリア、回復して……っ!」
3人が一斉に腹を押さえ、テーブルにもたれかかる。
レンは眉間に皺を寄せたまま、必死に声を押し殺していた。
「が、頑張って平然を装ったんだが……これは……!」
ノエルが顔を真っ赤にしながら、尋常じゃない呼吸で呟く。
「わ、私も……や、やばい! み、水!」
リィナも騎士の威厳などどこにもなく、椅子にもたれかかっている。
セリアは机に突っ伏しながら、涙目でつぶやいた。
「アイリスちゃんの料理……気持ちはすごく嬉しいんですけど。けど……」
三人の腹が同時に「ぐるるるる……っ」と悲鳴を上げた。
セリアは震える指で杖を握りしめる。
淡い光が三人を包み、お腹の痛みが徐々に引いていく。
「助かった。本当にありがとう、セリア」
「わ、私も、もうだめかと思った」
「ほんと……死闘だったわね」
4人は椅子にぐったりと倒れ込み、まるで魔王軍を相手にした後のような疲労感に沈む。
だがセリアはふっと優しい表情を浮かべた。
「でも、アイリスちゃん本当に嬉しそうでしたね」
レンは小さく笑った。
「ああ。あれを見ただけで、今回の“犠牲”は十分すぎるほど価値かもな」
三人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「グラハムなんかよりも、よっぽど強敵だった」
「今度、アイリスちゃんに料理を教えてあげましょう」
そんな密談をしているとは露ほども知らず、台所からはアイリスの鼻歌が微かに聞こえていた。
ダグラの討伐から数週間後。
レンは、城の一角に与えられた静かな部屋で目を覚ました。
片腕の不自由さにもだいぶ慣れ、昨日干した布団の香りと、差し込む朝光がいつも通りの平和を教えてくれる。
ここ数日は地方の魔物狩りや、ノエルの実験を手伝いや騎士団の講師をしたりと退屈しない日々を過ごしていた。
「レンさん、おはようございます。今日はえっと、“のんびりする日”でしたよね?」
白いシュシュで髪をまとめたアイリスが寝ぼけた顔を覗き込んでくる。
最近はレンのためにと家事全般を頑張ってくれているが、妙に張り切りすぎて空回りする日も多い。
レンが笑って「そうだな」と答えると、彼女は子犬のようにほっと緩んだ顔を見せた。
「じゃあ……えへへ。朝ごはん、張り切って作りますね!」
「無理はするなよ」
「大丈夫です!昨日また、セリアさんに新しい料理を教わったので!!」
朝食を終えると、部屋の扉が、控えめにノックされた。
扉を開けた先に居たのは、よく顔を合わせるアグレス王の側近の一人であった。
「レン殿、陛下がお呼びです」
「陛下が?」
「はい。」
アイリスが心配そうに顔を上げる。
「何か、あったんですか?」
「わからない。とりあえずちょっと行ってくるよ」
レンは上着を羽織り、訪ねてきた彼とともに王の執務室へ向かった。
国王アグレス3世の執務室は、玉座の間の荘厳さとは違い、本が積まれた静かな空間である。壁には地図が貼られ、机の上には大量の書簡が広げられている。
レンは座るよう促され、どこまでも沈んでいきそうなソファに腰掛ける。
「呼び出して申し訳ないな、レン。だが、お前にどうしても聞きたいことがあってな」
国王の声音にレンは姿勢を正す。
「俺にお力になれることであれば、何でもお答えします」
「ふむ……では単刀直入に言おう。来月、“四大国会談”が開かれる」
レンは思わず息を呑んだ。
「四大国会談? まさか、フィリアやサルバンも?」
「ああ。私が王になって以来、一度も実現しなかった。いや、先代の頃ですら四大国すべてが参加するなど無かったはずだ」
四大国――この大陸に存在する四つの大国
森に囲まれ、外交を閉ざしているエルフの国フィリア
レンたちが暮らすアルスター王国
アルスター王国とは巨大な河川で隔てられたルディア連邦
南の砂漠地帯を支配するサルバン帝国
その全ての代表者が一堂に会するなど、歴史上でも稀な出来事だ。
国王は苦笑めいた表情を浮かべる。
「これまで頑なに国交を拒んでいたフィリアやサルバンが急に“参加”を表明してくるとはな」
レンの胸にざわりと不安が走る。
(エルフはまだしも、侵略戦争ばかり起こしているサルバンが参加するなんて普通じゃない)
国王は机に手をつき、深く息を吐いた。
「おそらくレンが魔王を討伐したことによる国際情勢の変化からだろうが問題は、会談でどんな議題が飛び出すか、誰も予測がつかぬことだ。そこで、各地を巡ったお前の経験を借り、助言をもらいたくて呼んだのだ」
レンは頷く。
「なるほど……。確かにフィリアや、サルバンも、旅の中で多少は見てきました。話せる範囲なら、何でもお伝えします」
国王は安堵したように表情を緩めた。
「助かるぞ。実際、お前ほど広範に旅した者は少ないからな」
「しかし、特にサルバンは魔王軍の影響も少なくてあまり滞在してないんですよね、あの国は何かと物騒ですし」
しばし、地図を前に二人で意見を交わす時間が続く。
エルフの排他性、南方の侵略主義、ルディアの中立姿勢――
大陸の均衡が、わずかに軋み始めているのがレンにもわかる。
「……しかし、王よ」
レンはふと視線を上げた。
「もしよろしければですがその会談、俺も“同行”させていただけませんか」
国王の目が大きく開かれる。
「同行……? レン、お前が、か?」
「はい。話を聞くほどに、どうにも胸騒ぎが治まらなくて。それに、魔王を討伐した俺が同行すれば舐められる事も無いでしょう。俺って人の気持ちを良く理解できますし!」
国王は沈黙し、レンをまっすぐ見つめる。
やがて、国王は小さく笑った。
「……ふむ。そう来ると思っていた。お前が人の気持ちを理解できているかはおいておくが。 いいだろう、レン。お前を今回の会談に同行させよう」
「ありがとうございます!」
「ただし――」
国王は指を立てて釘を刺す。
「くれぐれも無茶はするな。そして彼女たちにもよく説明しておけ。特にあの三人はお前が居なくなると、いろいろまずそうだからな」
「わかりました!説明、頑張ります!」
「どうせ皆、付いてくることになりそうだがな」
アグレス王はそう小さく呟いた。
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