第17話 ダグラ・ヴァルド
「だいぶ肌寒くなってきたな」
「大丈夫ですか? レン様のお身体に何かあるといけませんから、窓を閉めましょうか」
「いや、皆がまだ大丈夫なら開けたままでいいよ。 せっかくの景色を楽しみたいしね」
俺とセリア、リィナ、ノエルの四人は豪華な馬車に揺られて北部の魔の森を目指して進んでいた。
俺達の馬車の前後には騎士団の馬車が複数連なっていた。
北部に魔王軍の残党が存在し、騎士団から討伐隊が出るという話を聞いて、レンは自ら討伐隊への参加を志願した。
「レン、寒いならこれ使って。小型の暖房器。試作品だけど、十分暖かくなると思うから」
「ありがとな、ノエル」
自身が作った魔導器をレンが使用しているのを見て、ノエルは満足そうな顔をしてセリアとリィナにドヤ顔を披露した。
「レン。騎士団の面々とも話し合ったが、今日の進路は比較的安全そうだ。昼食はあの先の川辺で取る予定になっている」
リィナはレンの隣に座り、膝の上に置いた地図をちらりと見た後、やはり不安を隠しきれない様子でレンに向き直った。
「レン、だからと言って、安心はできない。まだこの辺りの通りは大丈夫でも、魔王軍の残党と戦うなんて危険過ぎる!」
リィナはそっと、レンの右腕を包むように触れた。彼女の視線はやはり、レンの欠けた左腕の空虚な空間に釘付けになっている。
「ねえ、本当に今からでも引き返さない? レンにはもう無理して欲しくないの。私たちは、貴方が無事であることが一番で――」
「リィナ。 安心してくれ、片腕が無くても俺は負けないからさ!」
「レン……でも、魔の森の残党って事はもしかしたら……」
「……奴が生きていたなら、なおさら俺が必要だろ。そんな暗い顔するなよ」
「ごめんなさい。 私たちが不甲斐ないばっかりに」
「おいおい、みんなも騎士団の人たちも不甲斐ないなんて、これっぽちも思ってないぞ。みんな、頑張っているのは知っているさ。 それに、このまま引きこもったままだと税金ドロボーなんて言われちゃうしなー」
「……早く解決して、すぐに帰りましょう! きっとアイリスちゃんが寂しがってますから!」
馬車は、騎士団の規律正しい足音と、馬の軽快な蹄の音を響かせながら、目的地へ向かって進み続ける。
一月前。 北方、魔の森――
雪の粒が横殴りに吹き付ける吹雪のただ中、山肌にぽっかりと口を開けた古い砦がある。魔王軍時代には補給拠点として使われていたが、今は朽ちて灰色の亡骸のように静まり返っていた。
その奥深く。
崩れた石壁と黒焦げの旗の残骸だけが積み重なる広間で、何かがうごめいた。
ぴし……、と石がひび割れる乾いた音。
続いて、重い息とともに空気が震えた。
「……ふぅ……」
低く、地の底から湧くような声だった。
瓦礫に埋もれていた巨体がゆっくりと起き上がる。
その男――ダグラ・ヴァルドの全身は血で固まり、焦げ付いた皮膚がまだ煙を吸っているように黒くくすんでいた。
復活したばかりの体は満身創痍。
四肢のいたるところに傷跡があり、腹部には巨大な裂傷。
にもかかわらず、彼の動きに迷いはなく、痛みをものともしていなかった。
彼は広間の中央に転がっていた、大ぶりの黒鉄の槍を手に取った。
握りしめると同時に、槍の柄が音を立てて軋む。
「……魔王様は、散られたか」
呟いた声は、荒んでいるのに淡々としていた。
その声には悲しみも怒りもなく、ただ事実を受け止めていた。
「あんたは……強かった。 だが、強者とはいつかは必ず敗れる。そういうものだ」
ダグラは魔王軍の幹部の一人でありながら、魔王への盲目的な忠誠を抱いていなかった。
ただ、強者が強者どうし殺し合うことをこそ誇りと考えていた。
ふと、彼は砦の壁に視線を向けた。
かつての部下たちの亡骸が、壁にもたれかかるように崩れている。
氷に覆われたその体に、彼はひざまずいた。
「……お前たちは、戦い抜いた。その誇りは一切汚れていない。だが――終わるには、まだ早い」
静かに、狂気を孕んだ笑みが浮かぶ。その怪物じみた筋肉がぎり、と強張った。
「魔王を葬った人間、そしてこの俺を倒した男――勇者レン」
名前を口にするだけで、彼の呼吸が熱を帯びる。
「たしかに、あの戦いは見事だった。そして、魔王様ですら、打ち倒した。……あの時の一撃、その意志。すべてが俺の血を沸かせた」
ゆっくりと立ち上がり、槍を肩に担ぐ。
その姿は、血まみれの廃墟の中で不自然なほど凛としていた。
「ダグラ様。お待ちしておりました。 グラハム・ランブここに」
「おお!グラハムか。どうやら、無事だったようだな」
「ダグラ様のおかげ、生き延びました。再び、貴方様に仕わせてください」
「はっはっは!よい、ついてこい! まずは、勇者との雪辱を晴らしに行こうぞ!」
「はっ! しかし、聞くところによれば、魔王様を倒した後、勇者は呪われ、弱り、逃げ回っていたらしいです」
つまらなそうに眉がひくつく。
「そんなものを斬り伏せたところで……値打ちはない」
「しかし、ご安心を! 最近呪いが解けてまた、動き出した様です」
彼らに、人間の噂話が雪風に流れて聞こえてくる。
『勇者の濡れ衣は、解けた』
『呪いが晴れた』
『あの英雄は、また前へ歩き出した』
砦の外、吹雪の向こうから聞こえてくるその声に、ダグラの胸が再び燃え上がる。
その瞳が爛々と輝き、口元が吊り上がる。
「……いい。それでいい。 弱った英雄など、興味はない」
雪の大地を踏みしめながらゆっくりと歩き出す。
「再び立ち上がったというのなら――今度こそ、俺が倒す。勇者レン。今、この世界で最も強いのは俺だと教えてやる」
吹雪の中へ出た瞬間、彼の全身から立ち上る熱気で雪が蒸発した。
魔王の遺した『遺産』など興味はない。
復讐も支配も望まない。
ただ一つ、ただ一つだけ。
最強の斬り、最強となる。
「待っていろ、勇者……。この戦い――血を焦がすほどに愉しもうぞ」
ダグラ・ヴァルドは、廃砦を後にした。
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