第15話 四人で女子会

 王都の喧騒が遠くに薄れていく。

商店街から外れた細い路地は湿った石畳に、乾いた風の音が反響し、昼だというのに影が濃い。


「……ここ、なんか暗いですね」


レンは周囲を見回しながら

「さっと抜けよう」

と言った——その瞬間。


ザッ。

足音の気配と同時に、影がひとつ。


「……やっと見つけたぜ、クソ勇者」


 低く湿った声。

奥の影から、ひょろついた男が姿を現した。

片腕に巻いた包帯は汚れ、ぎらつく目は憎悪と焦燥で濁っている。


「レン!!」

後ろを歩いていたリィナが声を上げ、レンの元に走り出す。


 だが、襲撃者は既にレンを間合いに入れていた。

会話もなく、ただ手にしたナイフの一閃だけが鋭く迫る。


レンは真剣な表情に変わり、反射的に動いた。


ガンッ。

ナイフを素手で受け流し、襲撃者の手首をひねり上げ、一瞬で体勢を崩す。


 次の刹那には、男は膝から崩れ落ち、手から落ちたナイフがカランと音を立てて転がった。


「……っぐ……!」


 苦しげな声だけが狭い路地に反響する。

レンは一歩退いて構えを解く。


「みんな、大丈夫だ」


 四人にそう言うと、レンは倒れた男に近づき、顔を覗き込む。

影が外れて、やっと表情が見えた。

その顔に見覚えがあった。


「……お前、かなり前に、強盗して……俺が捕まえた男か?」


男は歪んだ笑みを浮かべた。

「ハッ……やっと思い出したかよ、クソ野郎がぁ……」

口元が引きつりながらも、瞳はレンへの恨みだけがはっきりと燃えている。


「てめえに捕まって……全部失った……!家族も……仕事も……お前のせいで……!」


レンは眉をわずかに寄せ、静かに落ち着いた声を発する。

「俺はただ、町の人を守っただけだ。 あんたに復讐される理由はない」


男は唾を吐き捨てるように笑った。


「お前のせいで人生が終わったんだよ!! 勇者様はいいよなぁ! みんなにちやほやされてよ!!」

「そんなことは——」

「うるせぇッ!! 死ねぇぇぇ!!」


男が立ち上がりレンに再び掴みかかった。


しかし、今度はレンが対処するよりもリィナが男の脇腹に蹴りを入れる。


ドガァァン。

男は数メートル近く吹っ飛び、ゴミ置き場に激突して気絶した。


「お、おい、リィナ やりすぎじゃ——」

「レン様!!! 大丈夫ですか!? 今、回復魔法をかけますから!」

「いや、セリア、ケガはしてないから大丈夫——お、おいノエル! 止めは刺さなくていいから!!」

「……殺す……」


その後、レンは何とか三人を宥めて、襲撃してきた男を衛兵に引き渡した。












 夜の王城。

広すぎる客間の一角に、こぢんまりとした円卓が置かれていた。


 その周りに座るのは——セリア、リィナ、ノエル、アイリスの四人。

机にはハーブティーと焼き菓子が並んでいる。

雰囲気は穏やか……のはずなのだが。


セリアが真っ先にテーブルに突っ伏した。

「はぁああああ……っ! 今日の私は……また、冷静さを失って、レン様に迷惑を……!」


リィナも頭を抱え、

「……わ、私も……! いきなりレンが襲われたのを見て、完全に血が逆流した……私、正気じゃなかった……!」


ノエルはというと、むすっとカップを持ちながらも頬が少し赤い。

「……あれは……反射的というか……身体が勝手に……。 で、でも……あんな無様に取り乱すなんて……ほんと……死にたい……」


 三人とも“暴走”したことを悔やんでいた。

皆、レンが襲われた瞬間、過剰なくらい正気を失って駆け寄った自覚がある。


そんな中でアイリスが、おずおずと口を開く。

「えっと……でも、みんなレンさんを心配しての行動でしたし…」


三人の視線が一斉に向いて、アイリスは慌てて背筋を伸ばす。

「れ、レンさん……ほんとに危なかったし……私なんてびっくりして、何も出来ずに固まっちゃいましたから……」


リィナがふるふると首を振る。

「違うの、アイリスちゃん。 もし、レンがあの男にやられてたら、私達は……」


アイリスは思わず苦笑する。

「……あはは……」

三人は一斉に沈黙したあと、揃ってハーブティーをすする。

その空気はどこか、気まずくて、でも少しだけ可笑しい。


アイリスはゆっくりと言葉を探しながら、三人を見る。

「……あの」

三人が顔を上げる。


「みんな……レンさんのことを本当に大事に思っているから、暴走しちゃったんだと思うんです」


沈黙。

アイリスは続ける。


「レンさん、すごく優しいし、いつも自分より他人のことばっかりで……。だから、心配しちゃうのわかります」


セリアが小さく「アイリスさん……」と呟く。


アイリスは照れたように微笑む。


ノエルが目を伏せ、ぽつりと落とす。

「そう……ね……。あそこで冷静じゃなかったのは……全部、レンのことがその……」


リィナが深呼吸して、言葉を継ぐ。

「……好きだから、だよな……」


セリアは胸に手を当て、静かに頷いた。


アイリスは三人を見て、小さく笑う。

「ふふ、知ってましたよ。……私も、あまり役に立てませんが負けませんよ!」


三人は一瞬驚いたようにアイリスを見つめ——

やがて、ふわりと空気が緩んだ。


「……あ、そういえばアイリスちゃん、さっきの焼き菓子好きだったでしょ?」

リィナが皿を押し出す。


「えっ、あ、はいっ。ありがとうございます!」

「私の分もあげるわ。分かりやすく顔に出てたもの」

ノエルもつぶやき、皿を寄せる。


「アイリスさん、いつもレンを気にかけてくれてありがとうね」

セリアが優しく言う。


「あ……い、いえ……わ、私こそ……」

アイリスは赤くなりながら、ちょこんと焼き菓子を受け取った。


 ほんの一週間前には想像もつかない「四人の女子会」。

レンが彼女らの気持ちに気づく日は来るのだろうか……


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