第14話 昼下がりの散歩
「……今日は、いい天気ですね」
そう呟いたアイリスの声に、レンは静かに頷いた。
ソファに座り込んだ三人――セリア、リィナ、ノエルも、ぼんやりと空を見上げていた。
王城の中で過ごすようになって一週間。ようやく三人の顔色にも、血の気が戻ってきている。
それでもまだ、アイリスには三人が、どこか壊れたままのガラス細工のように映っていた。
「……みんな、少し外に出て散歩でもしようか」
レンが提案すると、三人の肩が小さく震えた。
「外……ですか?」
セリアが恐る恐る問い返す。
「レン様、その……外に出るのはまだ――」
「大丈夫さ。王様が俺の噂が解けるように尽力していたのは知ってるだろ」
レンの言葉に、ノエルが俯いたまま小さな声で話す。
「……私が言える事じゃないのは分かってる。でも、まだ街中にレンの事を憎んだままの人がいたら……」
「みんな、心配しすぎだよ。 それにもし、俺を恨んでいる奴がいたとしても、俺たちに危害を加えられる奴なんていないだろ」
「それは…そうかもしれないけど……」
この一週間でこの城の主、アグレス三世は俺の名誉回復に尽くしてくれた。
俺の強い要望により彼女らが嘘を吹聴したという事は控えてもらった。
呪いによって誤認したが、天城レンは魔王を討伐した本物の勇者だと民衆に向けて演説を繰り返した。
王様に責任を押し付けるような形となってしまったし、三人は自分達が罪を受けると言っていた。
しかし、やはり彼女らの行いは呪いによるものであり、英雄であり国の要職に就いている彼女らを罰すると混乱を招くという観点からも王様と話し合いこの様な形となった。
一度広まった悪評が簡単に覆るとは思わなかったが、民衆も呪いが解けた際に違和感を感じた者も多く、意外にあっさりと俺を勇者だと再認知してくれた。
地方などにはまだ広まりきってはいない様だし、王都でも完全とは言えないけども、この様子ならレンが完全に認められるのも遠い話ではないだろう。
この早期の名誉回復は、今まで、魔物や魔王軍の討伐だけでなく、レンが町の為、民衆の為に尽力していた努力の賜物による物であった。
「不思議ですよね」
アイリスが小さく微笑む。
「あんなに色んな村で石を投げられてきたのに……きっとレンさんが今までみんなを助けていた事で、みんなレンさんに感謝していたんですよ!!」
レンは頷き、微笑みながら活気のある城下町を見下ろした。
王城から続く石畳の坂道を下ると、王都の喧騒が一気に広がった。
通りには露店がずらりと並び、焼き立てのパンの香りや果実の甘い匂いが風に混じって流れてくる。
「うわぁ……すごい、人がいっぱい!」
アイリスが目を輝かせてはしゃぐ。
その無邪気さに、セリアが思わず微笑んだ。
「……いいですね、こういう光景。 レン様と出会うまではずっと、こんな日が戻らないと思ってました」
リィナは少し距離を取りながら、通りを歩く人々の視線を気にしていた。
「……私たち、ちょっと目立ちすぎてないか?」
「仕方ないじゃない。皆んなレンに会うのは久しぶりなんだから。 それに私達は体調不良という事になっているのだし」
ノエルが苦笑を漏らす。
「誰ももう、レンさんを“裏切り者の勇者”なんて見てませんよ!!」
その時、八百屋の親父が大声を上げた。
「おいおい、もしやあんた……勇者様じゃねぇか!?」
レンが顔を向けると、日焼けした大柄な男が腕を振っていた。
かつて、魔王軍の侵攻の際に避難を手伝ってから、よく話しかけてくるようになった八百屋の親父だ。
「久しぶりだな!」
男が笑う。
「ったく、あん時ゃ世話になったってのに、勝手に裏切ったとか言っちまって……すまねぇ!」
その言葉に、レンは小さく首を振った。
「気にしないでいい。あれは王様の言うように呪いのせいだったんだ」
「それでもよ!」
男は頭を掻きながら、木箱からリンゴを三つ掴み出した。
「お詫びってわけじゃねぇが、これ持ってきな! うちの娘が朝採ったやつだ!」
「そんな立派なのもらえねえよ」
「いいんだって! 勇者様と英雄さん達に食ってもらえりゃ、そっちの方がうれしいや!」
差し出された真っ赤なリンゴ。
レンが受け取ると、果汁の滴るような香りが漂った。
隣でアイリスが目を丸くして嬉しそうに笑う。
「わぁ……! ありがとうございます!」
「嬢ちゃんも可愛いなぁ! 勇者様の恋人さんかい?」
「ち、違いますっ!」
アイリスが真っ赤になって慌てると、背後で三人の視線がピクリと動いた。
一瞬冷たく、鋭い空気が流れる。
「……そ、それにしても今日は、いい天気ですね」
セリアがぎこちなく言葉を繋ぎ、リィナは腕を組んでそっぽを向いた。
ノエルはため息をつきながら、ぼそりと呟く。
「全く、油断も隙もない。……私も、もっと大胆に……」
レンがりんごを抱えながら三人の方を向く。
「どうした? 皆んな顔が怖いぞ」
「ふん、気のせいじゃないの!」
リィナが否定しながらそっぽを向く。
そんな一行のやり取りを見ながら、街の人々は当時の勇者達を思い出して笑う。
別の店からも声が飛ぶ。
「勇者様ー! こっちにも寄ってってくださいよ!」
「これ、うちの自慢のハチミツパンです! お代はいいから!」
気づけば、通りのあちこちから人が集まり、次々と手を振ってくる。
皆の顔に浮かぶのは、疑いや恐怖ではなく、心からの笑み。
――この温もりを、どれほど待ち望んでいたことだろう。
レンは胸の奥でゆっくり息を吸い込み、穏やかに微笑んだ。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
その声に応えるように、人々の笑顔が広がっていく。
王都の街は、まるで長い冬が終わったかのように、やわらかな陽の光に包まれていた。
背後で、セリアが小さく呟いた。
「……レン様が生きていて、こんな光景を、もう一度見られるなんて。 私、まだ夢を見てるのかもしれません」
リィナも口を大きく開けて笑い、ノエルもそっと目を伏せ、口角を上げる。
アイリスはそんな四人を見つめ、静かに微笑んだ。
「貴方は、私だけじゃない。皆んなにとってのかけがえのない勇者なんですね」
この暖かい昼下がりの空気がレンの、そして彼女らの心を温めていた。
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