第13話 穏やかな朝
朝靄の差し込む王城の一室。
かつて勇者パーティが王都で活動する際に拠点にしていた部屋は、今では豪華な食卓と五人の寝具で満たされていた。
三人と再会した夜から1週間ほどが経った。
彼女らは少しずつではあるが、昔の様な明るさと心の強さを取り戻しつつあった。
しかし、彼女らのレンへの愛情はより大きく、歪な形を見せていた。
三人は聖女・騎士団長・宮廷魔術師の任を表向きには体調不良という事で休んでおり、この一週間レンに肌身離れず付き添い、もとい付きまとっていた。
テーブルの上に、丁寧に並べられた朝食。
焼きたてのパン、ハーブのスープ、そして綺麗な焦げ目のついた卵焼き。
セリアが湯気を立てるスープを慎重に注いでいた。
「レン様、口を開けてください」
穏やかな声に、レンは少し困ったように笑う。
「いや、大丈夫。自分で食えるって」
「……でも、レン様のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
セリアはかすかに俯いた。
レンの腕――片方が、もうない。
彼女には、その傷がまるで自分のもののように痛んでいた。
リィナが小さく笑って、ナプキンを差し出す。
「セリアだけじゃないぞ。あたしも手伝う。……零したらもったいないからな」
「お前ら……そんなに過保護にならなくても」
「この程度“過保護”なんかじゃないぞ。 いつも言ってるだろ、レンの食事も風呂もトイレも全部私たちが手伝うって」
とても冗談だと思えない真っ直ぐな瞳に、レンは引きつった笑顔で答える。
「ははは……そ、そこまでしてホントに大丈夫だって何回も言ってるだろ」
ノエルは少し離れたところで紅茶をいれていた。
白い指が震え、湯が少しこぼれ落ちる。
「……必要ないなんて言わないで。 お願い、お願いだからあなたの傍にいさせて」
その声は淡々としているのに、切実で必死な思いを感じさせる。
レンはまた顔を引きつらせ、苦笑を浮かべる。
「お前たち、本当に律儀だな。もう、俺は気にしてないからさ前みたいに明るく行こうぜ!」
「レン様が気にしてないと言っても、私は一生をかけてでも罪を償います。 レン様の傍にいられることが一番の幸せなんです! レン様が傍にいない人生なんてもう耐えられないんです!!」
「私も、もうレンがいないと何もできないんだ。 目を開けても、声を聞いても、レンがまた居なくなっちゃうような気がして……気持ち悪いよな、こんなの。」
言葉を失うレンの傍で、この一週間で三人の様子に慣れたアイリスが静かに手を伸ばす。
「……レンさん、スープ、冷めちゃいますよ」
その穏やかな声に、場の空気が少し緩む。
アイリスはこの一週間、レンだけでなく彼女ら三人にとっても唯一の“癒し”の象徴のような存在だった。
「ありがとう、アイリス」
「いえ……皆さん、本当に、落ち着いてくださいね」
彼女の微笑みに、三人の少女が一瞬だけ視線を交わす。 どの瞳にも、反省と少しばかりの嫉妬と恐れが混ざっていた。
一週間前、三人にアイリスを紹介した時は大変だった。
「みんな、紹介するよ。 彼女はこの一か月、一緒に旅をしていたアイリスだ」
「み、みなさん、初めまして。アイリスといいます。 レンさんに助けて頂き、お供させてもらっています」
アイリスも最初は聖女・騎士団長・宮廷魔術師という肩書だけならとんでもない地位にいる三人に緊張しまくっていた。
「そうですか……レン様、あなたにはもう、ちゃんと寄り添ってくれる人がいるんですね」
「……セリア?」
レンが彼女の名を呼ぶが、セリアは静かに首を振った。
「ううん。いいんです。むしろ……本当に、よかった。私たちみたいな穢れた手で、これ以上レン様に触れるなんて許されない」
ノエルが静かに言う。 だがその声の奥には、言葉にしきれない棘が混じっていた。
「あなたがいてくれるおかげで……レンが、この一か月過ごせているのは分かってる。……それでも、ね。少し、貴方に嫉妬してしまう」
「そうよね、私たちはもういらないんだ。 う、ううっ、私もレンの隣に居たかった……」
リィナが大粒の涙を流しながら、嗚咽交じりに話す。
アイリスには――三人の愛が、あまりに強すぎて、痛々しかった。
「わ、私……そんな、皆さんを責めるつもりなんて――」
絞り出すような声に、ノエルが笑う。ひどく静かに、壊れた響きで。
「大丈夫。分かってますよ。 あなたにとっても、レンは“救い”なんでしょう? 私たちは――必要のないものですも」
「ノエル、そんなこと言うな」
「だって、レンを取られたらもう……私たちの存在意義は無いのだから」
「……あの、私は……皆さんは悪い人じゃないって分かります。 むしろ、すごいと思ってます。レンさんを……こんなにも想えるなんて」
その言葉に、セリアの唇がわずかに震える。 リィナは顔を伏せ、ノエルの肩が小さく揺れた。
アイリスは、続ける。
「私は……強くないです。 でも、レンさんを支えたいって思っています。 きっと皆さんも同じなはずです」
それから、三人とアイリスはよく話すようになった。
アイリスがこの一か月のレンとの思い出を話すと、三人は苦虫を潰した様な顔で嫉妬を抑えていたが、レンはその様子を見て、仲良くなって良かったとのほほんとしていた。
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