第12話 再会

 王城の奥、静まり返った回廊を抜けた先に、ひとつだけ灯のともる部屋があった。

厚い扉の前で、レンは小さく息を吸う。


 三人に会うのは約一か月ぶりだが、もっと長い時間が経ったような気もする。

そんな思いを抱えながら、彼はゆっくりと扉を押し開けた。

 

 蝋燭の灯だけが、薄暗い室内をぼんやりと照らしている。

そこに――三つの影があった。

 

 セリア、リィナ、ノエル。

かつて共に旅をし、笑い合い、そして――魔王を共に倒した三人。

その姿は、記憶の中の彼女たちとはまるで違っていた。

 

セリアの長い金髪は乱れ、艶を失って肩に垂れ、

リィナの誇り高かった瞳は、今は焦点を結ばず、

ノエルの整った髪も手入れされぬまま乱れ、唇は乾き荒れていた。

 

 長い時を泣き続けていたような、彼女たちの世界から色が無くなったかのような、そんな顔だった。

 

――息を呑む音が、三人から同時に漏れた。


「……れ、ん……様?」

最初に立ち上がったのはセリアだった。

彼女は震える指を伸ばし、信じられないというように口を開く。


「……夢じゃ、ない……本当に……?」

リィナは膝を震わせながら、ノエルは小さく何かを呟きながら前へ進んだ。


そして――次の瞬間。

三人は同時に、彼に駆け寄った。


「レン様、申し訳ありませんっ……!」

「レン、ごめんなさい。私は、私は――!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 崩れ落ちるように、彼の前に膝をつき、手を、裾を、まるで縋るように掴んだ。

涙が再びこぼれ、嗚咽が室内に響く。

その涙は、悲しみと後悔、そしてレンが生きていた事への安堵が混ざり合った色だった。


三人の声にならない謝罪の言葉が、幾度も零れる。


レンは――何も言えなかった。ただ黙って、彼女たちを見つめていた。

 

 セリアの肩が震え、リィナが拳を握りしめ、ノエルが何度も何度も「ごめんなさい」と呟く。

 その姿は痛ましくもあったが、同時に――“ようやく彼女たちの反転が解けた”という証でもあった。


 沈黙が落ちる。

レンはその場でただ見つめていた。

責めることも、赦すこともせず、彼女たちの言葉を、最後まで聞こうとしていた。




「……ごめんなさい……レン様……あの時、あなたの腕を……」


 顔を上げることができない。 

セリアにはあの戦場の光景が、瞼の裏で焼きついて離れなかった。 血に濡れたマント、助けを求めるレンの目。

そして、彼女が下した――取り返しのつかない判断。


「……私はあなたの傷に手を伸ばさなかった。助けられたのに。癒せたのに。 でもあの時の私は、あなたを“罰するべき”だと……本気で、思ってた」

 

 セリアの声は、壊れそうに震えていた。 指先を床に押しつけながら、震える肩が小刻みに上下する。

彼女は両手を胸に当て、うつむいたまま言葉を絞り出す。


「だから、あの時のあなたの痛みも、声も、全部見ないふりをした。」

 

「……私は、もう神に仕える資格なんてない。 この私の存在すべてがあなたを裏切った証だから」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、胸元の聖印を外した。 鎖が静かに床に落ち、金属の音が響く。


「だけど、もしあなたが私の存在を許してくれるなら……私の腕も足も目も、すべてをあなたに捧げます。 どうか、どうか私にもう一度チャンスを私に下さいませんか」

そう言うと、セリアは深く頭を垂れた。


レンは光を写さないその瞳に思わず息を呑んだ。





リィナが次に口を開いた。


「私は……レンの様になるって誓ったのに」

噛みしめた唇が白くなり、血が出るほど強く、彼女は拳を握る。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

その言葉をきっかけに、彼女の中で堰を切ったように感情が溢れた。


「私は……レンを“裏切り者”と呼んだ。 誰よりもレンの事を尊敬していたはずなのに、剣も精神もゆるぎない強さを持っていると知っていたのに」

 

彼女の声は徐々に大きくなり、嗚咽と混じって震える。


「レンが救ってくれた日のことを、ずっと覚えてた。 あの日のレンの背中を見て、“ああ、この人に命を預けたい”って思った。 なのに……私は、レンを裏切ったんだ!」

 

リィナは拳で床を叩いた。 打つたびに、声が震え、涙が床に落ちる。


「王国を守るため、秩序を守るため、民を守るため――そんな資格今の私にはない。 あの時の自分を……殺してやりたいって、今も思う」

 

彼女はその場に崩れ落ち、床に額を押しつけた。


「もしできるなら、もう一度……レンの隣で剣を振りたい。 赦されなくてもいい、レンの剣に斬られたとしても構わない。 それでも――せめて盾としてでもいいから、レンの役に立って死にたい……」

 

その声は嗚咽に呑まれ、最後はほとんど聞き取れなかった。

 

 その指先には、かつて剣を振るった時のような力はもうない。ただ、縋るように宙を彷徨っていた。

 





 セリアとリィナの嗚咽が、まだ部屋の空気に漂う中、ノエルはただ、黙ってその二人の背を見つめていた。


 どんな時も艶を保っていた黒髪はぼさぼさに乱れ、肩から滑り落ちる。

瞳の下には深い隈が刻まれ、唇の端は噛みすぎて血が滲んでいた。

 

 それでも彼女は、いつものように冷静であろうとした――だが、声を発した瞬間、それがもう叶わないことを悟った。


「……私ね、レン。 一番、許されないのは……私だと思うの。」

 

 その声は、ひどく静かだった。

静かであるほどに、胸を抉る。


「裏切ったという噂――あれを最初に広めたのは、私。 “勇者は魔王と通じていた”って、文を出したのも、私」

 


 ノエルは続ける。 淡々と、しかし声が震え、今にも崩れそうな理性の糸を保ちながら。


「私は理屈で人を理解できると思ってた。 “感情よりも理性が上”って、ずっとそう信じてた。 でもあなたに出会って、私……初めて“理屈じゃない何か”を知った。あなたが皆を信じる姿を見て、馬鹿みたいだと思ったのに、その馬鹿みたいな優しさが、羨ましかった」


彼女の肩が震える。 床に落ちた涙が淡く光る。

「私もそんな風になりたかった……」

 

 ノエルは両手で顔を覆った。

唇を震わせ、押し殺したような声で呟く。


「償いたいの。 本当に。 でも、どうすればいいのか分からない。 あなたに何を返せば、何を差し出せば……あなたの為になるか……」

 

 彼女はゆっくりと手を下ろし、涙で濡れた目でレンを見上げた。

その瞳にはもう理性も矜持もなく、天城レンという男しか視界に入っていなかった。


「だから――お願い、レン。 私の持っているものを、全部あげる。 知識でも、命でも、何でもいい。 あなたが望むなら、私の存在をこの世界から消しても構わない。 今の私にはそんなことをする資格すらないかもしれないけど……」








「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 三人の声が交錯し、まるで長い夜に閉じ込められていた想いが一気に溢れ出すようだった。


「……もう、みんな大丈夫だよ」

 

三人に語り掛けるレンの声は、静かで、あたたかかった。 叱責も、怒りもない、ただの赦しの音。


「俺は生きてる。 だから、それで十分なんだ」


 彼女らにゆっくりと手を伸ばす。

一人ひとりに触れるように、優しくなでる。


「魔王の呪いが悪いんだ。 みんな、優しくて仲間思いだって知ってるからさ!」

そういってレンは笑って見せた。


その一言で、三人の張りつめた心が一気に崩れ落ちた。

 

セリアが泣きながら彼の胸にすがり、リィナが顔を覆って震え、ノエルはただ小さく嗚咽を漏らした。

 

蝋燭の炎がゆらめき、長い暗闇のようだった四人の時が、ようやく静かに動き始める。



(なんか、三人ともやばいこと言ってなかったか?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る