夢の中不動産
明(めい)
第1話
勤続十五年で三週間ほどのリフレッシュ休暇を貰った。
給茶機を取り扱う会社の事務員として都築くるみは働いている。
けれど憂鬱だ。家事をしなければならないから。
「実家は楽ですよねえ」、と言った男性社員がいる。それはお母さんがなんでもやってくれるからでしょう、と内心で言い返した。くるみは実家でも楽じゃない。
私は一生独身なのだろうなあ、と思う。
現在三十八。三十の時には婚活もしたけれど、異業種交流で終わってしまった。
異業種交流ではなかった婚活パーティーでも、男性は場の雰囲気を変えてしまうような二十代の若くてきれいな子に群がり、誰もくるみに話しかけなかった。
友達はもうみんな結婚しているというのに。というより仕事がしんどいと言って結婚に走り、すぐ妊娠した子が四人ほど。
取りこぼされた私はなにがいけなかったのだろうかと時々くるみは考える。
そして、一人っ子だから実家暮らしだ。年老いていく親の面倒を最後まで見なければならない。そのことがさらに憂鬱だった。
父は五十代の時に倒れて、車椅子生活を余儀なくされている。
病名は
脊椎の動脈と静脈が癒着してしまい、下半身不随となった。
最初はひやひやしていたが、最近では家族全員車椅子の生活には慣れてきている。父の信孝は現在七十。
歩けなくても働かなければ食っていけないという理由から父は働いている。
もともと三十代の時に会社を立ち上げて、五、六人で回している小さな会社だ。
会社の人たちは、立つことさえできない父を手伝ったりもしているらしい。
そして、くるみは家事に追われていた。
母親の美江も七十で、毎日家事をするのは体力的にキツくなった、ということからかわりばんこに家事をしている。
仕事のある日は、会社から帰ってきたら夕飯づくりと掃除、風呂洗い。そんな日々だ。
平日は疲れ切っているのに料理を作り、掃除もしなければならない。
あとは歩けない父の補助。父は、朝は車で出勤する。
車はもちろん手動のみだ。手だけで運転ができるように、特注で車を作った。
これが、父が外へ出かけるときの足となってくれる。
家にお金が潤うほどあるわけではない。
今は父の会社も仕事がないとかで、入って来る給料は少ない。
くるみが働いているところも薄給だ。
父が倒れたとき、家をバリアフリー仕様にしなければならず、その時にそれまで貯めていたお金を少し出した。だから、くるみにはあまり貯金がない。
正直ジリ貧だ。トイレは車椅子が入れるように、脱衣所にむき出しのままある。
せめてドアが欲しいが、ないのだ。
家も築六十年以上。母方の祖母が戦後に建てた家を使っており、二度リフォームをして内装は綺麗に見えても土台がぼろぼろで、天井には鼠が這っている。
ゴキブリもよく出るし蜘蛛も湧く。よくわからない気持ちの悪い虫が家中を這っていることもある。
家を基礎から丸ごと綺麗に建て替えたい。でも家にはそんなお金がない。
どうしたら家を建てられるほどのお金を稼げるのだろう。お金が欲しい。
夢の中ではお金を稼いでいるのに。世の中もう、男より金だ。
お金があれば生きていける。同時に若い頃に結婚に逃げられた友達はいいなぁ、と思う。もう旦那が稼ぐお金で生きている子もいる。
「あー、また限定的に給付金だってさ」
夜、リビングでお茶を飲み、テレビを見ながら父が言った。
父が倒れた、といっただけで寝たきりになったと思い込んでいる人もよくいる。
脳に障害が起きて話せなくなっていると思い込んでいる人もいた。
勝手に思い込まれるのは面倒だった。
父が倒れたときに、会社の有給を使っただけで、ずるいよね、という人もいた。
身内が倒れて身体障がい者になるって大変なのに、自分の身に不幸が降りかからなければ理解できないのだ。五体満足に動けることが当然と、思ってはいけない。
「本当に国は限られたところにお金をばらまくねえ」
母もため息をついている。
現役世代にも、なんの還元もない。
働いておさめてきた税金はなにに使われているのか、まったくもって不透明だ。
「国の政策も、どうかしているね。高齢の議員は金銭感覚もなく、高い給料もらっているのに。後期高齢者ってなんなのよ、バカにしてるわ」
「まったくだ」
二人は政治について話している。くるみも、国からなんらかの還元が欲しいなぁ、と思いながら二階の自室へ行く。明日から休みなのに家事がある。
朝はなにを作ろう。昼は。夜は? 三食考えるのも億劫になっている。
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