第26章 雷神と紅炎
塔へと続く丘陵地帯の一本道。
その静かな道を、一人の女が歩いていた。
身に纏う白衣は風にたなびき、だが足取りは迷いなく、まるで彼女の進路を空気ごと押しのけているかのようだった。
やがて現れる、巨大な石造りの門———
国家の中枢を守る“塔門”である。
その構造はまるで要塞。高台に築かれた監視塔が両翼にそびえ、重厚な鋼鉄の扉と、数十名の門兵が行く手を塞ぐ。
「ここは立ち入り禁止区域だ!直ちに引き返せ!」
門の前に、厚い盾を構えた防衛兵たちが半月状に陣を敷いていた。
その背後には長槍を構えた歩兵部隊、さらにその後方で補助装置を背負った通信兵が、警報の信号を発している。
——だが、女は止まらない。
「ま、待て……止まれと言ってるだろう!」
兵たちが警棒を構え、一部が投石機を装填し始める。
しかし次の瞬間。
ボウッ――!
女の白衣が風にまかれ、炎に包まれていく。
焼け落ちたその下から、黒のドレスが“現れるように”再構築された。
兵たちは息をのみ、動揺した。
その姿から連想できるもの。
「あれは……災厄の魔女……!?」
どよめきが走る。中には動けなくなる兵もいた。
「なにを……ば、ばかなことを……!」
一人が恐怖を振り払うように投石の合図を叫ぶ。
矢が放たれ、石が唸りを上げて飛ぶ。
だが、女の周囲の空気が、波紋のように揺らぐ。
次の瞬間。
音もなく、全てが地面に落ちた。
石も、矢も、まるで“見えない壁”に当たったように、地に落ちる。
唖然とする兵たちの目の前で、女の歩みは止まらない。
恐怖のざわめきが広がる。
女が静かに、片手を掲げた。
次の瞬間、眼前の兵士が全員、膝から崩れ落ちた。
まるで糸が切れたかのように。
無詠唱、非接触、広域昏倒
塔の上階にいる兵が絶望的に呟く。
「“戦い”になってすらいない…」
そう、彼女はただ進んでいるだけなのだ。
誰も動けない。目の前の存在は、人ではなかった。
そして女は、ひとつも言葉を発することなく、門の中央へと至る。
ゴォオン…
ひとりでに開き始める、巨大な鋼鉄門。
「ひぃい!」
上階にいた兵士たちが我先にと逃げていく。
もはや、誰ひとりとして、彼女の進行を止めることはできなかった。
そして…誰にも止められないまま、女は門をくぐり———
遠くに見えるエルグの塔へと歩を進めた。
そのとき
ドゴォン――!
黒雲を突き破った雷鳴が、エルグの塔の屋上に叩きつけられる。
まばゆい光が一瞬、周囲を太陽のように照らした。
その中心から、ゆらりと浮かび上がる人影。
青白い雷光を纏い、静かに、確かに宙へと舞い上がる。
青い光はあっという間に距離を詰め、マーリンのもとへたどり着いた。
「塔を破壊されては困りますよ、マーリン様」
「……エルグ」
「キュリアが、なぜあなたに核を返したかは分かりません。ですが……」
男の声は、風に乗って、静かに、だが重く響く。
「人類はもはや、魔法なしでは生きていけないのです。
どうか――どうか我々を許し、ともに未来を歩んでいただけませんか。
今のこの世界…この形こそが、かつてあなたの望んだ“共存”のかたちではなかったのですか?
今なら……今なら、間に合うはずだ!」
「核を返せ」
静寂…
そしてエルグが再び口を開く。
「やはり…聞き入れてはもらえませんか…」
わずかに眉をひそめたエルグが、静かに目を伏せる。
「では問います。もしすべての核を返したとして――その後、人類はどう生きればよいと?
黒龍は? 我々の子供たちは? 世界は?」
「お前たちは勘違いしている。
あの龍は、私が生んだものではない。
むしろ――この世界のあり方が続く限り、
黒龍の恐怖からは、誰も逃れられぬのだ。」
「……では、我々に死ねと?」
「そうではない…だが…」
マーリンの瞳が、燃える様に赤く染まっていく。
「お前たちは、浅はかな欲望にすがり、
魔法の“力”しか見なかった。
それを制御しようともせず、ただ便利さに酔った。
魔法の本質も、代償も知らずに」
「……ふふ」
エルグはわずかに肩をすくめて笑う。
「やはりあなたは“子供”のままだ。
魔法だけが世界のすべてだと信じている。
文明を築く苦労も、法を作る難しさも、知らぬまま。
人間の“集団”を知らないあなたに———」
「一体何が分かる!!」
バァン!
青い電撃が、エルグの全身を覆った。
手をかざし、その手から
雷撃が一気にマーリンへと放たれる。
だが次の瞬間――。
マーリンの両手が赤く燃え上がり、
掌と掌を結ぶように、炎が虹のように弧を描く。
雷と炎。
天と地を貫く二つの力が、激突する。
ドォォン!!!
轟音。
天地が揺れた。
二人の魔力が交差した瞬間、
空が裂けたかのような爆発が起き、
周囲の木々がなぎ倒され、塔の外壁の一部が剥がれ飛ぶ。
風が、世界の輪郭すらも引きちぎるように唸りを上げた。
その中心に、雷光と紅炎がもつれ合いながら、なおもぶつかり合っていた。
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