第24章 斧の音
テラスに出ると、風がやわらかく頬を撫でた。
空は、雲がわずかな快晴で、遠くには幻想的な街の輪郭が揺らめいている。
マーリンとキュリアは肩を並べ、手すりにもたれていた。
「……海じゃなくてごめんなさい」
キュリアがぽつりと呟く。
「いい。海は見飽きた」
マーリンは小さく微笑み首を振る。
キュリアもまた、ふっと口元をほころばせた。
「すごいな、この街。お前たちの核から送られてくる情報で断片的には予想できたが……まさか、こんなにも豊かだとは思わなかった」
マーリンは黙って街を見下ろした。
無数の人々が小さな幸せの中で生きている。争いも悲しみもまだある。それでも、かつての暮らしとは比べものにならない。
「そうね。私の人生は地獄だったけれど…ここに生きる人たちは幸せかもしれない。」
キュリアはゆっくりと視線をマーリンに向けた。
「でもね。今の私には…この世界を支えることより…あなたの家に取り付けられた煙突から煙がもくもく出ていた時の…あの気持ちのほうが…愛おしいわ」
マーリンの喉が一瞬だけ鳴った。
その言葉が、あまりにも優しく、あまりにも遠く、そして――あまりにも哀しかったからだ。
ヴンッ
キュリアから魔力が展開される。
「……もういいのか」
マーリンの声は、わずかに震えていた。
キュリアはゆっくりとうなずいた。
「ええ……今、こうして終わりが見えて、ようやく思い出せたの。
本当に……たくさんあったのね。温かい瞬間が。
でも私は、ずっと、走り続けていた。
あまりにも忙しすぎて、大切なものを、大切だと感じる暇さえなかった。
死を前にして…やっと…」
そして、そっと微笑んだ。
マーリンが手をかざす。
キュリアの中から白色の光が出現し、マーリンに戻っていく。
キュリアの体が光り、細かなひかりのかけらとなって風とともに散っていく。
「ああ……きれいな空……」
涙にかすんだ視界の中で
キュリアの耳に届いたのは――
乾いた木に打ち付ける
斧の音だった
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