第10章後半 電撃のエルグ

エルグの塔――


それは、世界最大の発電施設だった。




塔の中心で放たれる雷の魔法は、都市中に張り巡らされた魔力電線を通して供給され、隣接する廃棄炉ではゴミや木材を燃やし、かろうじてタービンを回す“補助火力”が稼働している。




もちろん、その資源供給にはグリナスの緑化魔法が欠かせない。




本気を出せば、エルグ一人で全電力をまかなえる。だが、それでは――


“もう一人の王“の取り分が、減ってしまう。


「まったく。キュリアは気楽に“女神”になれて、うらやましいものだ」


巨大施設もない。風評被害もない。


ほんの一人を救っただけで、死の淵から引き戻しただけで――

一生、感謝される。


だが――俺は違う。


一生、儲かり続ける者として、常に“規範”を求められる。

そして――


雇用を守り、下請けを支え、国家の背骨を動かすには……




俺は、“必要悪”として、王であり続けなければならない。




「エルグ様」




振り返ると、作業員が一人、深く頭を下げていた。




「この度は、本当に……ありがとうございました!」




「……」




「もし、あのとき助けていただかなければ……。本当に、取り返しのつかないことになっていました……」




「そうか。解決してよかった。今後とも尽力を頼む」




「はいっ!」




顔を輝かせて去っていく作業員を、エルグはただ無言で見送った。




「……いまの者は、何を言っていたのだ」




隣にいた秘書に問う。




彼女は眼鏡の奥でメモを見返しながら答えた。




「以前、賃金の前借を希望してきた者です。支払いが滞り、生活が困窮していたとか」




「前借り……。それだけのことで、なぜあれほど感謝されるのだ? 元は、自分の金だろう」




「エルグ様……世の中とは、そういうものなのです」




秘書は静かに言った。




「“今”を生きる者にとって、わずかな遅れや出費は命にかかわるのです。ほとんどの者は、前借など許されるとは思っていません。それが“特別な救い”になることもあるのですよ」




「……そうか」




長く生きすぎたのかもしれない。




“ありがとう”の言葉すら、もうこの心を満たすことはない。




むしろ、こう思ってしまう。




――“それの、どこが救いになるのか”。




エルグの胸に、答えは落ちてこなかった。


そのときだった。


――鳴った。


天を裂くような轟音が、塔の壁を揺らした。

すぐに防御結界が作動したが、攻撃ではなかった。


もっと根の深い、“強烈な音”が空気を叩きつけていた。




すぐに、制御室から緊急報が入った。


「塔の出力が、急激に……!」

「魔力導管が逆流しています! 雷の流れが不規則に――!」


エルグは無言で、魔法計器の数値を睨んだ。


電圧の低下。電流の乱れ。魔力周波数の分裂。

それは、どこか遠くの“深い底”から、反響しているようだった。


「……これは」


電撃魔法が、かすかに乱れる。


エルグ自身にも、はっきりとわかる。

自らの魔力が、いつもと違う――安定しない。


魔女の核を受け入れて三百年。

“リンク”などというものを感じたことはなかった。


だが今、この異変の中で――


最も強く影響を受けているのは、間違いなく自分だ。




塔の非常口からゆっくりと外に出たエルグは


そこから一望できる水平線を見つめる。




遠く、黒海の方角。

そこに、静かに鼓動する“何か”がある気がした。


「……まさか」


エルグは呟いたが、それ以上は言葉にならなかった。


雷の塔の光が、微かに――揺らいだ。




エルグは秘書を見て言った。


「グリナス陛下へつなげ。」




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