第4章 女王の警鐘
ナギは、潮風に濡れる街で静かに暮らしていた。
海の事故から、すでに二ヶ月。
政府による強引な連行、王との謁見、グリナスの言葉。
マッサン夫婦の死。
そして、あの少女の涙。
多くのことが胸に残ったが、ナギは何も語らなかった。
漁の仕事に戻り、マッサン夫婦の葬儀を終え、日常へと戻っていった。
けれど――
心だけが、いまだにあの海の底に沈んでいた。。
ナギは政府の監視を感じている。
遠くから見張る影。
微かに感じる、魔法の気配。
気づかぬふりをした。
今は、まだ何もするときではない。
「なあ、最近ちょっと元気戻ってきたな」
ドルフィが笑いながら言った。
網の修理を続けながら、ナギは小さくうなずいた。
「ああ」
「けどな、ナギ……俺にはまだ無理してるように見えるぞ?」
「…ああ」
答えにならない返事に、ドルフィはそれ以上言葉を重ねなかった。
周囲の人々には、マッサン夫婦の死による喪失感だと見えているのだろう。
もちろん、それも大きかったが――
(……あの少女は、今もあの海で泣いているのだろうか)
その想いが、ナギの胸に澱のように残り続けていた。
「まあ……そんなお前に頼りきりで、俺たちも情けないけどな。でも……ありがとな」
ナギの顔が初めてドルフィを見た。
「……ドルフィ」
ドルフィは、政府にナギの行動を報告せざるを得なかった。
それでも、ナギの連行に最後まで抵抗していたという。
“冗談じゃない!!あいつは人命を救うために動いたんだぞ!!”――と。
ナギが解放されたとき、ドルフィは涙を流していた。
親友というほどではなかった。
ただの同僚みたいに思っていた。
それでも、人の“善意”とは、まるで心の外から差し込む陽だまりのようだ。
ナギはそれだけで、ドルフィとの関係を“誇り”に思える気がしていた。
その時、誰の手も触れていないはずのテレビが、一斉に切り替わった。
ノイズと共に画面が白んだあと、淡く輝く女性の姿が現れる。
まるで聖母のような衣をまとい、金色の髪を風に遊ばせる彼女は、穏やかに語り出した。
「人々よ――私は、キュリア。治癒の魔法を授かりし者です」
街中に静けさが広がる。
酒場も、船着場も、子どもたちの声さえも止まった。
「私は、命を救うために何度も魔法を使ってきました。
けれど今、命は……重税と、格差と、見捨てられた病によって、静かに失われている」
網をしまう手が止まった。ナギは、無意識に画面へと目を向ける。
「政が長く続けば、腐敗は避けられません。
魔力も富も、今は一部の者の手にある。
治すべきは“病”だけじゃない。この世界はもう、深く腐っている。
私はこの国を、本当に救いたいのです」
キュリアの像は、視線をまっすぐ前に向けた。
「なぜ、宮殿や“雷の塔”にすべての光が集中し、
他の街や人々が置き去りにされているのか――」
ナギは息をのんだ。
“雷の塔”――それは、三大魔法使いの一人、エルグの居城。
世界最強の攻撃魔法である“雷”の力を用い、世界のエネルギーの七割を生み出す巨大な発電塔だった。
「私は王に、対話を申し込みます。
これは争いではありません。
ただ、命を守る者としての、最後の問いかけです」
その翌朝。
ナギの前に、また“政府の者”が現れた。
今度は、以前よりも穏やかに。だが、沈黙に包まれた眼差しで。
「グリナス様が、再度あなたに会いたいと申しております」
ナギはゆっくりと立ち上がる。
(なぜ俺を??)
自分の中で、止まっていた何かが動き出していた。
少女の涙。
黒い竜の叫び。
キュリアの声。
この世界に満ちる“ゆがみ”。
それを確かめる手段は、まだこの手に残されていた。
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