喜びをヒトは数字に置き換える

古 散太

喜びをヒトは数字に置き換える

 目には見えないが、今も目の前をデータが飛び交っているのだろう。テレビやラジオ、インターネットなど、いろいろな情報がデータ化されて、ぼくの目の前を飛び去っていくのだ。

 データはたしか二進数で、「0」と「1」の組み合わせによるものだったのと記憶しているが、今はどうなのだろう。

 ぼくがテレビを観たり、インターネットで調べ物をしているときなど、ヒトの目には見えないが、「0」と「1」の羅列が、次々に姿を変えながら、仕事をしては消え去っていく。

 そう考えると、ぼくたちヒトは、すでに数字によって支配されている、そう考えてもおかしくないのかもしれない。

 思い起こせば、小学校時代から数字に囲まれていた。出席番号、通知表、テスト、順位など、座学、運動を問わずに数字を押しつけられて生きていた。中学校で部活などを始めると、野球やサッカーなどでは背番号が与えられ、数字を取り合う作業をしている。高校生にもなれば、偏差値や模試の点数や順位などが現れて、ぼくたちを悩ませる。

 大人になり社会に出れば、職業にもよるが、ノルマという数字があったり、営業成績という数字が給与や賞与といった数字に影響を与える。月間生産台数といいう目的の数字を掲げられ、定年退職という数字によって会社を去らなければならなくなる。

 何歳なのか、身長が何センチなのか、体重が何キロなのか、銀行預金がいくらあるのか、所得税、市県民税、消費税などなど、物心がつくころから死ぬまで、ずっと数字に取り囲まれ、数字に圧迫され、時には数字に背中をおさながら人生を創造する。

 それがヒトというものだ、と言われればそれまでだが、たとえば、アフリカのサバンナやアマゾン川周辺で暮らしている、現代文明とは違う生きかたを選択したヒトたちはどうだろう。数字の概念がないとは言わないが、これほどまで数字に取り囲まれてはいないように思うのはぼくだけではないだろう。

 それでも生きているし、生活は成り立っている。だとしたら、日本で暮らすぼくたちが、これほどまでに数字に追われて生きなければならないのはなぜなのか。

 そんな疑問が脳裏をよぎる。そんなぼくの目の前を、肉眼では見えないが、相変わらず何かしらのデータが飛び交っている。


 たしかにどんなことでも数字に置き換えれば、何事も可視化できて、誰にでもわかりやすい形になる。

 成績や順位などであれば、それもまだ理解もできるが、ヒトは幸せさえも数値化してしまっている。

 そもそも幸せとは個人の感覚によるものであり、何かしらを幸せと感じるヒトもいれば、それは嫌だと思うヒトもいて当然だ。さらに言えば、そのアンケートに「幸せだ」と答えたヒトの一時間後、家でつまづいて足を骨折しているかもしれない、それでも幸せだと言えるだろうか。

 中にはそれでも幸せだと言えるヒトも存在するだろう。そういうヒトはとても稀な存在で、道を歩いていて次々に出会うようなタイプのヒトではない。

 ヒトの一秒後は、何が起こっているかわからない。人生がひっくり返るような変化がある可能性もゼロではない。それは幸せが「今・ここ」というピンポイントにしか存在しないことを示しているように思う。

 過去を振り返って幸せだったということはできるだろう。しかしそれは記憶であって、今が幸せかどうかではない。また、未来に向かって幸せになりたいと考えたとしても、一秒後は誰にもわからない。だから幸せは「今・ここ」にしかない、という結論に至る。

 「今・ここ」という一瞬は、認識したときにはすでに過去であり、その幸せは過去のものということになる。それを数値化したところで、何の意味があるだろうか。喜びや面白いという感情の集合体が幸せである。喜びを数値化することも面白いを数値化することも、個人の趣味嗜好によるものが大きいのだから、どうしたって数値化する意味はないのだ。

 ぼくにしても数字の中で生きているし、数字を利用していることは間違いのない事実だ。しかし、必要以上に数字に捉われないように気をつけている。必要な数字は必要なものとして利用するが、それ以上の数字は、自分の思考を縛りつけてしまう。

 縛りつけられた思考は、本来の自分とのギャップを生み、そのひずみや段差に苦しむことになる。自分の本音は数字によって上書きされてしまうからだ。

 誰もが数字の海に溺れているのをぼくは見つめている。

 飛び交う数字の中で、ぼくはただ見つめている。 

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