第39章 無垢の大罪



少女の心は、誰にもわからない。



なぜここにいるのか。



なぜこの世界が存在しているのか。




——誰にも、わからない。




少女は“孤独”だった。

五歳の身体。

五歳の精神。


この世界では、成長も学習も止まっている。



時間の流れも、風の匂いも、何一つ変わらない。

“今”だけが、終わりなく続いていた。




わかっていることは、たった一つだけ。


——タケルに、いなくなってほしくなかった。




このままでは、タケルはいなくなる。

なぜそう思ったのか。


それは、タケルが「一緒に帰ろう」と言ったときの目が、

見覚えのある光を宿していたからだった。




——「必ず迎えに来るから」




そう言って去っていった母の目と、まったく同じだった。

そして、彼女は二度と迎えに来なかった。




友達はいない。

親も——迎えには来ない。

また一人になる。


少女にとって、それは地獄そのものだった。




寝静まったタケルの横で、

少女は静かにまばたきをした。

その瞳が、ゆっくりと赤く光り始める。




呼吸が止まったような静寂の中、

世界の“境界”がわずかに震えた。




——無意識なのか、本能なのか。


少女は思った。

タケルが帰る前に、呼べばいい。


彼女の小さな心が、世界に命令を下す。




「こっちに……きて」




その瞬間、赤い雨が逆流した。

空が裂け、無数の光が落ちていく。



地上のどこか、まだ目覚めていない都市へ向かって——。


“向こうが、こっちに来ればいい。”


その幼い願いが、やがて東京を飲み込む災厄の始まりとなった。

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