第35章 かえっちゃうの?


タケルは困惑していた。

この赤い世界は何なのか。

そして、目の前の少女は——何者なのか。




すべてが、わからない。


少女は血のような雨に濡れながらも、まったく動じていなかった。

その無垢さが、かえって異様だった。




「……あの、君は?」

恐る恐る声をかける。




少女は首をかしげて微笑んだ。

「わたし?わたし…確か…○○」




(……?)



タケルは耳を澄ませたが、名前の部分だけが何度聞いても霞んでしまう。

まるで、音が途中で消えてしまうかのようだった。




「ねぇ、お兄さん。あそぼ?」


「え? こんなところで!? それより、ここはいったいどこなんだ?」

「わかんない」




あっさりとした返答。

まるでそれが“この世界の当たり前”であるかのように。


見渡す限りの赤。

降り続ける赤い雨。



どこからともなく微かな音が響く——心臓の鼓動のような、世界そのものの“拍動”。




タケルは息を呑んだ。

この空間の異常さが、皮膚の下にじわじわと染み込んでいく。




「ごめん……お兄ちゃん、それどころじゃないんだ。

ここから出る方法、知ってる?」




少女はしばらく黙っていた。

やがて、小さな声で問い返す。




「……かえるの?」


「えっ……うん。できれば、帰りたい」




少女はうつむいた。

髪から赤い滴が落ち、地面に溶けて消える。




「そうなの……でもね」

顔を上げたその目は、どこまでも静かだった。




「わたしね……」

「……?」

「——わたし、かえらないでほしいの」




その一言が、赤い雨の中に溶けた。

次の瞬間、少女の瞳が大きく揺れた。




「っ……ひぐっ……う、うわああああん!」


唐突に泣き出した。

小さな身体を震わせ、声を上げて泣いている。




タケルは完全に困惑した。

この世界も、この子も、何一つ理解できない。

何が正しい反応なのかも分からない。




(どうすれば……)




タケルは一歩近づき、しゃがみ込んだ。

「……泣かないで。大丈夫だから」


そう言いながら、そっと少女の頭に手を伸ばした。

不思議と、触れた髪は温かかった。

生きている。確かにここに“命”がある。




——それが、逆に恐ろしかった。




(なんなんだ……この世界は)


赤い雨がふたりの間を流れ落ちていく。

少女の涙と混ざり合い、地面に淡い波紋を描いた。




タケルは心の中で決めた。

まずはこの子を落ち着かせる。

——出る方法を探すのは、そのあとだ。



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