願いを叶える人形③

「じゃあさっそく『願いごと』をしてみよう。ウチ、紙とペン持ってきたんだ。この紙を半分折って……と! はい、大地くんが『願いごと』を書いたら裏返してウチにちょうだい」


 そう言って陽菜に渡されたのは、コンビニでも売っているような市販の黒いボールペンと、熊のキャラクターが書かれたメモ用紙だった。受け取ってふと、さっきの決まりごとを思い出す。


「なぁ陽菜、陽菜のその話通りだと、オレの願いごとは陽菜が用意した紙に書くことになるから決まりを破ることにならねぇ? それに紙1枚につき1つの願いってやつも破ることになるし」

「たしかに! うーん……でも大丈夫。きっと、ただの噂話の類だし」


 あっけらかんと笑う陽菜にオレは苦笑した。課題として調べている陽菜がそれでいいのかと思うが、呪いとか怪異とか現実世界にあり得ない。こんなことが起こるかもとドキドキしている時間を楽しむ為の作り話。


 オレはそれもそうだな、と答えると辺りを見回し、台になりそうな場所を探した。手近な場所を見つけてオレはボールペンを握り直す。


 さて、何を書けばいいのだろう。チラチラと陽菜がこちらを伺ってくるのを微笑ましく思いながら、オレは考えた。願いごとねぇ……。学生らしく夏の課題が終わりますように? いやもう全部終わってるしな。バイトで稼げますように? シフトは夏休みの終わりまで決まっているし、バイト代は時給だから変わらない。となれば――


「はい、次は陽菜の番」


 オレは思いついた内容を走り書きすると、紙を裏返しにして陽菜に渡した。せっかく怪異を調べに来たんだからソレにちなんだ内容にしてみた。我ながらなかなかいい線をいっているかもしれない。


「ありがと。じゃあウチも書いて……と!」


 陽菜はオレをチラリと見ると、なぜか少しだけ頬を赤くする。背中を向けて壁を台にして紙に書きこむと、目を瞑りながらその紙を折りたたんだ。


「よし、これで人形の帯に挟んでっと……できた!」


 人形の帯からは挟まれた紙がのぞいている。これで、『願いを叶える人形』の手順は終わり。後は願いが叶うのを待って、願いが叶ったら人形にお供え物を与えるだけ。


「そういや、願いごとが叶ったかどうかなんてどうやって確かめんの?」


 オレの願いごとなんて一生叶わないようなモノだし、確かめようがない。なら陽菜が書いた願いごとを基準にした方が良さそうだと聞いてみれば、なぜか陽菜は顔を赤くした。


「え、どうやって? そ、そんな急に聞いちゃう?」

「ん? オレ変なこと聞いた?」

「はぇ? あ、ううん。全然、そんなことない!」


 身振り手振りで否定する陽菜は明らかに様子がおかしい。これ以上聞くのも可哀想だと判断して、


「答えにくいなら答えなくていいよ。急に訊いてごめんな」


 と言えば、陽菜は大きく首を横に振った。願いごとをしてしまったらもうオレにやることはない。大きく伸びをすれば、体がスッキリとする。知らない内に少しだけ緊張していたようだ。背中の筋肉が凝り固まっている。


「じゃあさ、写真でも撮って課題を終わらせちゃおうぜ。課題は確か『願いの人形』の怪異について、だったか? 怪異ってどんなものがあるんだ?」

「えっと、全部SNSに上がっていたものなんだけどね……」


 陽菜は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。祖母の蔵から見つかったと言っていたから古い話かと思ったが、SNSに怪異が上がっているとは……。


 さすがにオレもSNSまでは調べていない。友達に付き合って都市伝説を片っ端から調べたことはあるけど、ネットの検索や掲示板のみで終わっていた。それも1年くらい前の話だから、最近広がり始めた怪異なのかもしれない。


 うーん。ホラー好きの人間が造ったものだと思っていたけど、その線は外れだったのか。素人が考えても仕方がないかと思考を切り替えた。


「帯じゃなくて袂に紙を入れると、願いごとと反対のことが起こるとか、誰かからもらった紙に願いごとを書くと紙を渡した相手が呪われちゃうとか、願いごとが書ききれなくて途中になるとその願いごとが一生叶わなくなるとか、願いごとが叶ってもお供え物をしないと、人形に魂を奪われちゃうとか!」


 陽菜が自身のノートを開きながら嬉々として語る内容は、『願いの人形』としては聞いたことはなくても、他の都市伝説や怪談話で聞いたことがあるような結末ばかり。オレはなんだか拍子抜けして後頭部に腕を回して天井を見上げた。


 視界の端で天井に黒い靄のようなモノが漂っていた。


 オレは目を擦ってもう一度天井を見上げる。そこには何もなく、古い木材の骨組みが見えるだけだった。一瞬のことでオレは気のせいだったかと息を吐いた。怪異の話を聞いて雰囲気に飲まれたみたいだ。変なモノが視えたのはその時だけで、後はこれと言って何も起こらず、陽菜が写真を撮ったりノートに書き込む姿を眺めたりして時間を過ごした。


 どのくらい経っただろうか。陽菜が台の上に広げていた筆記用具を片付け始めたのを合図に、床に胡坐をかいていたオレも立ち上がって伸びをした。窓の外は相変わらずの晴天で、蝉の鳴き声が絶えず響いていた。


「本当に、大地くん付き合ってくれてありがとう。これで課題は完璧に終わりそうだよ」

「どういたしまして。オレはただ一緒にいただけだし、なんもしてないよ」

「そんなことない!一緒にいてくれて心強かった」


 ふわりと笑う陽菜の笑顔が眩しい。素直にお礼を言われると照れくさくなった。最近反抗期を迎えた上の妹もこのぐらい素直だったらいいのに、なんて思ってしまう。


「――ッ」

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2025年12月6日 21:00
2025年12月7日 21:00

お霊参り~人形の怪~ @taniniki

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