願いを叶える人形②
「大地くん、どうしたの?」
蔵の扉に手をかけた陽菜が不思議そうに首を傾げた。オレは昨日のことを思い出しながら、なんでもないと首を横に振った。
「扉は開けて置いてね。中は埃っぽいから換気しなきゃ」
重そうな音をたてて開いた扉。1歩蔵の中に足を踏み入れる。蔵の中は物で溢れていた。右を見ても左を見ても、木箱やら棚やらでいっぱいの蔵は、日曜日の昼に再放送をしている某鑑定番組で見たことがある蔵と同じだった。
高そうな壺や花瓶、棚から溢れた巻き物たち。部屋の隅にはどこぞの戦国武将の兜の様な物まで置いてある。散らかっているのかと言うとそうでもなく、きちんと整理整頓され、掃除が行き届いていた。四方の壁の天井近くには格子がはめ込まれた窓が申し訳程度に取り付けられている。
そこから差し込む太陽の光が、蔵の中を舞う埃を雪のように錯覚させた。陽菜は入口から続く通路を進み、蔵の1番奥で止まった。
「大地くん、この人形が『願いを叶える人形』だよ。可愛いでしょう」
「え? あ、うん。カワイイ、カワイイ……」
「それ可愛いって思ってない返事だよね」
ぷくっと頬を膨らませる陽菜には悪いが、怪異だか怪談だかが付きまとう人形を「可愛い」と称していいのかわからない。陽菜とオレの前には木でできた棚が置いてあり、その上に1体の日本人形が置かれていた。大きさは座っている状態で30㎝くらい。
長い黒髪、大きな目、赤い唇に、同じくらい赤い着物。随分古そうに見えるが、手入れがされているのか綺麗な状態だった。とても曰く付きの人形には見えない。
「まぁいいけど。じゃあさっそくこの人形に『願いごと』してみよっか」
「……願いごと?」
陽菜の提案にオレは首を傾げた。確かに名前が『願いを叶える人形』というらしいから、関係ありそうではある。あるけど――
「でも、この人形には怪異? があるんだろ。いくら課題の為とはいえ、危ないことはしない方がいいんじゃねーの」
オレは怪異とか信じたりはしないけど、昨日の様子だと陽菜は怖がっていた。わざわざ危険なことをする必要があるとは思えない。
「写真撮って適当にレポートでもなんでも書けばいいと思うけどなぁ……」
「そ、それじゃ駄目なの!」
大きな声を上げる陽菜にオレは目を丸くする。彼女とは短い付き合いだが、感情的に声を出すタイプには見えなかった。視線が合うと、陽菜はハッと口を開け、気まずそうに視線を下に降ろした。
「えっと、その、せっかくここまで来たんだし、ちゃんと実践してみたいなーって。あ、でも、もちろん大地くんが嫌ならしないよ、うん!」
陽菜は両手を顔前で振って取り繕うように笑う。本当はやりたくてたまらないのに、気の無い振りをする妹と姿が重なってオレは苦笑した。
「いや、陽菜の手伝いをするって言ったのはオレだ。陽菜がやりたいなら、オレは付き合うよ。勝手なこと言ってごめんな」
「そんなことない! ありがとう」
陽菜はふわりと笑うと、元々用意していたのか、人形が置いてある棚の下の引き出しから小さな本を取り出した。
「これにね、人形の事がいろいろ書いてあったの。この本は人形の取扱書というよりは、誰かの日記みたいなんだけど……これ、ここのページを見て!」
くたびれた本を捲っていた陽菜は、とあるページを開いてオレに渡す。そこには1枚の紙が貼ってあった。陽菜はオレの前から覗きこむようにして本のページを一緒に見る。日焼けしていない白い指が、ページを示した。
「ここにね、『願いを叶える人形』について書いてあるの」
1.願いごとを書いた紙は人形の帯にしまうこと。
2.紙は自分で用意すること。
3.願いごとの数は用意した紙1枚につき1つまでであること。
4.願いごとが叶ったら人形にお供え物を与えること。
5.これらを破った時、願いは呪いへと転じる。
「なんだかこうやって書いてあるだけで、この人形が本物みたいな気がしない?」
無邪気に笑う陽菜にオレはそうだな、と気のない返事をした。オレからしてみれば、この説明書きのおかげで余計に胡散臭さを感じる。本は古いのに貼られた紙は他のページより新しい。なにより本と紙では筆跡が若干違うのだ。パッと見では気づかない人が多いだろうが、よく見れば細くはねだけが力強い文字は浮いたように見える。
とはいえ、これは手伝いで商店街の筆跡問題テストに審査員として駆り出されて字を見る癖がついてるからこそ。書いた人間がどんな奴かなんて関係ないのだろう。やっぱりこの人形は誰かが遊びで作った物なんだろうなと思う。
陽菜が嬉しそうだからそんなこと言えないけれど。それにしても、とオレは人形を見やった。どこにでもありそうな日本人形。5つの決まりを守ればどんな願いも叶えるという。それが本当なら噂話だけでも流行ったりしそうなものだ。だけどオレは聞いたことがない。
人とはよく話す方だから、都市伝説からゼミの恋愛模様までなんでも知っているという自負があるが、似たような話すら知らない。ホラーが好きな誰かが自己満足の為に造った人形。それがオレの見解だった。
最後の決まりの『願いが呪いへと転じる』なんてまさに作り話のよう。願いを呪いに変えるなんて物騒な人形だ。
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