第一章 願いを叶える人形①

side 大地


 都心からバイクで約2時間。都内とはいえ、都心から離れれば自然の残る風景が広がっている。青々と生い茂る葉は集まれば巨大な雲の様。真上からの太陽の光は一筋しか入らない。昼間なのに薄暗い道は時間を錯覚させた。流れる緑の風景を横目にバイクを走らせ続けると目的地に着いた。


 木造平屋建てのどこにでもある住宅。家の前は砂利のまま整地されておらず、年季の入った軽トラックが1台停まっている。オレは敷地内を見回し、軽トラックが出るのに邪魔にならなさそうな場所を選んでバイクを停めた。ヘルメットを取って外の空気を大きく吸い込む。


 風が吹き、左耳に付けたチェーンピアスが揺れた。オレは汗で張り付いた髪を掻きあげる。肺いっぱいに入り込んだ空気は澄んでいて気分が良い。緑が多い場所は空気がうまいっていうのは本当のようだ。


 空を見上げると晴天で雲1つない。木々がトンネルになっていた道路とは違い、ここは太陽を遮るものがなかった。快晴なのはいいが、真夏の直射日光は容赦なく照らしてくる。黒髪じゃなくてよかったな、と思いながら、バイクに積んでいたバックパックを担いだ。


 さてどうしようか、と腕を組む。見たところ玄関にチャイムらしきものは見当たらない。ここは大声で挨拶をするところだろうか。テレビでしか見たことのない状況に胸が弾む。


 オレはずっと都心暮らしだし、両祖母は健在でも車が無くても困らないエリアに住んでいる。だからいかにも田舎っていう場所には多少の憧れがあった。住みたいっていうよりも、体験したいっていう意味だけど。


 なんて大学の友達に言ったら「嫌味か」と殴られた為、以来口にしていない。とりあえず玄関に行ってみるかと思ったところで、玄関が開いて家の中から女性が出てきた。


 白のワンピースに、鎖骨まで伸ばした茶髪をゆるくパーマにしている女性は、オレの姿を見ると目を輝かせた。


「大地くん! いらっしゃい」

「あぁ。今日はよろしくな」

「こちらこそだよ~。荷物は部屋に置いておくね」


 女性――大学の友達である森陽菜もりひなは、オレから鞄を奪うように持つと、家の中へ消えていく。


 それなりに重いから自分で持っていこうと思ったが、いらない心配だったらしい。陽菜はすぐに戻ってきた。


「本当はおばあちゃんに紹介したかったんだけど、ついさっきグランドゴルフのお誘いが来て出かけちゃったんだ。だから、さっそくだけど先に例の人形の所へ行かない?」

「わかった」


 軽い足取りで歩く陽菜の後ろを歩き、人形があるという蔵へ向かう。家の後ろに建っている蔵は人が住めそうなくらい大きく、立派な建物だった。


「人形の怪談、ね……」


 オレは蔵を見上げて、これから見る『願いの人形』とやらがどんなものかと想像する。


 生憎、今までの人生で幽霊なんて視たことがない。夏の怪談特集の番組や、友達に誘われた心霊スポット巡りでも、怖がる友達の隣で何が怖いんだろうな、なんて呑気に思っていた始末。


 だから、オレは幽霊や怪談なんて作り話だと思っているし、陽菜には悪いけど、今日も何事も起こらず終わると思っている。




 そもそも、オレがなぜ陽菜の実家に訪れているかというと、話は昨日に遡る。


 8月も後半になり、残る夏休みが半分となる頃だった。オレはバイトの合間にサークルへ顔を出しに大学の構内を歩いていた。昼前の構内は人がまばらで歩きやすい。

「あの……岩城大地いわしろだいちくん、だよね。少しお願いがあるんだけど……いいかな?」


 遠慮がちに掛けられた声に振り返れば、緊張した面持ちの女性が目に入った。どこがで見た顔だ。どこで見たのだろうと考えていると、指先を絡めた女性がおずおずと口を開いた。


「ウチ、2年の森陽菜っていうんだけど、大地くんには2年前の入学式の時に道を教えてもらったことがあって、それで大地くんのことを知っていたの」

「入学式……道案内」


 2年前の記憶を手繰りよせる。入学式で人がごった返す中、迷子の子供のようにきょろきょろと見回す姿が妹に似ていて思わず声を掛けたことを思い出した。


「あぁ、あの時の! 確か集合場所がわからないって迷ってた子だよな」

「うん、そう! 覚えててくれたんだ。あの時はお世話になりました!」


 ぺこりとお辞儀する陽菜に、気にすんなと答える。


「それで、あの、大地くんの噂を聞いてね、その、ウチの課題の手伝いを頼めないかなって思ったんだけど……」


 歯切れ悪く言う陽菜に、オレは苦笑した。オレの噂。恐らく、頼まれたらなんでもするっていうヤツだ。親の教えで『他人に幸せを分けると巡り巡って自分に返ってくる。だから、人に優しくありなさい』って言葉を幼心に馬鹿正直に実行した結果、頼まれごとを多く受けるようになったのだ。


 オレ自身、誰かの役に立てるのは本望だけど、まさか1度話しただけの相手にまで噂が知られているとは。人の噂の速さには驚くばかりだ。


「あぁ、いいよ。で、その課題ってなに?」

「『願いを叶える人形』の怪異を調べに、一緒にウチの実家に来て欲しいの。ウチがとっている講義の課題が民俗学なんだけど、夏だから怪異を各自調べてきなさいっていう宿題が出てね。でも怪異とかよくわからなくて困っていたら、たまたま電話で課題のことを話していたおばあちゃんが蔵で見つけた人形がちょうどいいんじゃないかって教えてくれて。ウチもおばあちゃんに話を聞いてみたら夏の課題にぴったりだって思ったんだけど、怪異って正直1人じゃ怖くてさ……友達に相談したんだけど用事があるって断られちゃって……」


 訊いたオレに、陽菜は気まずそうに答えた。その姿がまた、困り果てている妹の姿と重なって、オレは微かに笑いをこぼしながら陽菜の話を受けたのだった。

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