ご飯とコーヒーは合うんだよ!
トルー兵
ご飯とコーヒーは合うんだよ!
「ご飯とコーヒーは、合うんだよ!」
長いポニーテールを揺らして、彼女はお弁当を開けようとしている僕の机に無糖の缶コーヒーをどん、と置いた。
「なのでこれは没収」
そう言って彼女は僕のペットボトルのお茶をひったくる。
「ちょ、返せよ!」
「コーヒーあげたんだからそれ飲みなさいよ」
手を伸ばしたが、彼女はお茶を持って僕の手の届かないところに逃げた。
椅子から立ち上がって追いかけるのはなんか負けた気がするのでイヤだ。言葉で言い負かしてやる。
「バカ言うな、シャケ弁当だぞ! コーヒーが合うわけないだろ」
「なんで?」
「なんでって……和食にコーヒーなんて気持ち悪いよ!」
彼女は、「わからないヤツだな」とでも言いたそうにペットボトルを持ったまま腕を組んだ。
「それって、先入観じゃない? ご飯にはお茶、パンにはコーヒー……ただの思い込みでしょ。炭水化物と苦い飲み物ってんなら、シャケ弁当にコーヒーだって別に変じゃないでしょ」
「変だよ、まずいよ! 二つの意味で!」
味の不味いと、それはだめだという意味のマズイをかけた僕の必殺ボケが聞こえなかったかのように彼女は言葉を続けた。
「だからなにが? 具体的にどういう味がどういうものと合わないのか説明してみなよ」
できるかそんなこと! 僕は一流シェフじゃないんだぞ!
「……僕は、日本人だ。白米には緑茶、そういう組み合わせを好む意志が連綿と続く遺伝子を受け継いでいるんだ」
「それっぽいこと言って煙に巻こうとしないで。誰がそれを証明したの?」
だめだ、口では勝てない。昔からそうだ。
彼女は僕の並べ立てる言葉をいっつも正論で蹴散らすんだ。なんて嫌なやつ。
「とにかくお茶を返せよ! 君は僕の口がぱっさぱさになったまま午後の授業を受けてもいいってのか」
「だから、水分は与えたでしょ。コーヒー飲みなさい」
彼女はペットボトルのフタを開けると、一気に三分の一程のお茶を飲み下した。
「ああっ! 僕のお茶!」
「ご飯にコーヒーは合わない――そんな風に思い込む矮小な自分を定義する
カルト宗教の教祖みたいなことを言いながら、彼女は僕のお茶を持って自分の席に戻った。
予鈴が鳴った――ヤバい、授業が始まるまで後5分しかない!
僕は急いでお弁当を食べ始めた。
喉が渇いてくる。仕方ないので、コーヒーを飲んだ。
うえっ。やっぱり不味い。気持ち悪い。合うわけがない。
※※※
「どう? 世界は広がった?」
放課後、むっすりと黙って下校準備をしている僕に彼女が声をかけてきた。
僕はカバンを肩にかけると、教室から出ていく。
「ちょ、待てよ!」
大昔のトレンディドラマみたいに呼びかけながら彼女が僕に追いすがり、カバンを引っ張ってきた。
「離して」
「無視? なんで無視すんのさ」
僕は彼女に向き直り、しかめ面をしてみせた。
「ひどいよ。お昼休みは僕にとって、一時でも心を休めることのできる限られた憩いの時間だったんだ。それを奪うなんて」
「大げさだなあ。飲み物がお茶からコーヒーに変わったくらいで」
「大問題さ!」
肩をすくめる彼女に背を向け、僕は足早に廊下を歩き玄関に向かった。
下駄箱から靴を取り出す。
「機嫌直しなよ。シャケ弁にコーヒーを合わせた、されど世はこともなし――27歳で死んだロックバンドの人もそう言ってたよ」
「どれだよ! カート・コバーンか!? ジミヘンか!?」
「音楽オタクきも」
「だからメジャーな名前出したろ!」
靴を履いて学校から出た。彼女の家も同じ方向なので自然と一緒に帰る形になる。
彼女の家の前に来た。
引っ越しのトラックが停まっていて、業者の人が家から運び出した荷物を荷台に運び込んでいる。
「そんじゃ」
あっさりとその一言だけ残し、彼女は家に入って行った。引っ越し作業の手伝いがあるのだろう。
僕は自分の家に戻り、空のお弁当箱を流しに置いた。
それから自分の部屋へ。
ベッドに腰掛ける。宿題にはまだ手を付ける気になれない。
なんとなく携帯を見た。すると、彼女からメールが来ている。たった今だ。
『私が引っ越すからってそんなに落ち込むなー。隣の幼なじみが居なくてさみしいなんて、思い込みだよ少年。強く生きろー』
僕はベッドに携帯を投げ出すと、不貞寝を始めた。
「同い年だろ、バカ」
ご飯とコーヒーは合うんだよ! トルー兵 @toru-hei
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