エピローグ Re_Start.xlsx

新会社の夜。


フロアにはもう人がいなくて、モニターの青い待機画面と空調の音だけが残っていた。外は小雨。ガラス越しにビルの明かりがゆらゆらしてる。


俺は一つ、新しいブックを開く。名前をつける。

Re_Start.xlsx


1枚目のシートは「INDEX」。上から順に書いていく。

・提出テンプレ(灯)

・差し戻しテンプレ・やさしい版(つむぎ)

・怖くない確認ボタン(リリ)

・見える早さで動かす条件(灰原)


右端に小さく「※押す前に中身を読むこと」とだけ添える。“押してから読む”を、ここで終わらせるためだ。


そこへ3人がひょこっと戻ってきた。飲み物を取りにきただけの顔。


「やっぱ残ってると思った〜」灯。

「まとめてます?」つむぎ。

「タイトルいいね、“もう一回始めるやつ”って感じ」リリ。


「お前らの名前、ちゃんと入れとくから見とけ」


そう言って見せる。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


作成・監修:

灯(提出の文をやさしくする人)

つむぎ(紙をExcelの言葉に直す人)

リリ(押すときだけ光るボタンを作る人)

灰原(これをまとめた人)


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


灯が「役割まで書くんだ」とぽかんとする。


「書いといたほうが“なんでこういう書き方なのか”って聞かれたときに答えられる」


つむぎは「じゃあ私は“紙を読めるようにするのが好きな人”にしてください」と言ってきて、


「趣味を書くな」と俺が返す。


リリは「“怖くないボタンをしつこく作る人”って書いといて」と言って、「“しつこく”は消す」と俺がまた返す。


最後にA3の画像を一枚貼る。


《このブックは“誰でもわかるように”動きます》


あとは保存するだけだ。

Ctrl+S。


カチッ。


今日はこの音が、シリーズ全体の「完了」に聞こえた。


「これ、旧本社の共有にも置いておきます?」灯。

「置いとく。あっちでまた“行がいなくなりました”って言われても、ここ開けば分かるようにする」

「“押す前に読む”のやつですよね」つむぎ。

「“怖くないボタン入り”って一行書いといてよ」リリ。

「書いとく」


旧本社の共有フォルダにドラッグする。昔だったら「権限がありません」で止まってた場所に、今日は普通に入る。ステータスが「完了」になって、誰でも開ける状態になる。


「じゃ、ほんとに終わりですね」灯。

「終わりというより、“誰がいても続けられる”になりましたね」つむぎ。

「タイトル回収おつかれ〜」リリ。


画面の下に、一行だけメモを打つ。



『これは誰か一人に任せるためじゃない。誰がいても回るようにするための説明書だ』


これで最初にクビになった理由——「お前しか触れないものを作るな」を、ちゃんと逆さまにできた。


もうこのブックは、俺がいなくても使える。怒鳴る役も要らない。あとは、誰かがまたカチッとやるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クビになった俺、Excelで無双。旧本社は #N/A でざまぁ!〜俺はCtrl+Girlsと作業時間短縮〜 @pepolon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ