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 さて、と魔女は立ち上がった。

「今日はハロウィンだったね。Trick or treat?」

「……え」

「だから、トリックオアトリートさ。悪戯かtrickさもなきゃor食事のお礼かtreatだね。なにか持ち物はないのかい?」

「え、えっと……なにも……」

「お金も、お金になりそうなものも、何一つ?」


 吸血鬼はそっと頷いて、おずおずと椅子から立ち上がる。

 きっとこのまま、追い出されるのだろうと思った。

 そこに、魔女がぴっと木でできた短い杖をつきつける。


「それじゃあ、今夜の寝床を探すのも、部屋一つ借りるのも一苦労だね。――悪戯だ」


 ワン、ツー、スリー。


 魔女が杖を振るとぱっと光が弾けて、吸血鬼の服は瞬きひとつの間に、ふかふかのやわらかいパジャマへと変わっていた。


「……えっ?」


 しぱしぱと瞬きを繰り返す吸血鬼に、魔女はひらひらとステッキを振りながら背を向けて、部屋を出て行こうとする。


「食事のお礼は、また今度してくれればいいよ。寝室は二階だ、体を冷やさないようにゆっくり休みな。ああ、さっきまで着てた服はハンガーにかけておくから、心配しなくていいよ」

「え、でも、私、何も」


 視線をぐるぐると迷わせる吸血鬼に、一瞬魔女の足が止まった。


「――別に、もう一回くらい、もう一日くらいは、誰かと食事するのも悪くないって思っただけさ」


 自分の作った魔法で、誰かの心を癒せたこと。

 自分の料理に、誰かが涙を流して、美味しいと言ってくれること。

 それは、魔女にとってのぬくもりだ。

 さびしくつめたい毎日のなかに、やわらかく降りた「誰か」のあたたかさ。


 ひとりではない家の、いったいなんと特別なこと。


 こんな夜くらい、誰かが隣にいてもいい。

 だって今夜は、自分と違うものと出会い、おかしなものと関わり合い、奇妙な縁に振り回されるための、そんなろくでもない日じゃないか。



「さあ、もうおやすみ。ハッピーハロウィン――良い夢を」

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おかしなワンアワーホーム 音夢音夢 @onpurin

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